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【毎日8:10更新/8章:クライマックス直前!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第七章

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7-4『花殻を撫でる』

看病のうち一番時間のかかる清拭を無事終えて、ルカはいつものように窓から外へ出た。夕日は山の頂にかかり、空はまだ赤みがあったが、高い壁に覆われた城内にはすでに夜が来ていた。


武官たちは今夜の狩りに出立しており、見送りに出ていた家族が戻ってきて大通りは賑やかだった。笑顔や聴こえてくる陽気な声は、ここでの生活がいかに満ち足りているかを見る者の心に注ぎ込むような力があった。

自分の頭ほどの大きさの角灯を自慢げに持ちあげる子供たち、口元に手をあてて何やら内緒の話に興じる母親たち、行列の中には荷馬車もあって杖をもった老人たちが荷台に座り、併進する男女とおしゃべりに花を咲かせている。楽しそうで、とても幸せそうだった。角灯の中で揺らめく金の光が彼らの感情の結晶にみえて、不思議と元気をもらえたような気がした。ルカは外套の奥に微笑を隠し、陰から陰へと跳躍しながら進む。


今や診療所から居室までの道は目を瞑っても辿れるようになっていた。どこの石畳が浮いているか、どこの曲がり角をゆけば子だくさんの染物屋があって、その向かいには裏手に菜園をもつ可愛らしい家屋があることも知っていた。庭に窯がある家もみたことがある。焼き上げた練り粉に香りの強い葉と蜂蜜をかけて、一切れ目を乗せた皿を必ず年長者に差し出すのだ。それは何気ない昼食だった。ただ、ルカの生活環境や様式、奪い奪われ、不自由に服していた日々とは大きな違いがあったというだけで。


(ノクスとアルバが治ったら……遠くへ行こう。王の支配が及ばない場所に……)


居室の前に到着し、ルカは立ち止まった。最近の悩みと言えばそのことだった。

城壁で囲まれた安息の地に暮らす人々は、自由を享受しながら生きていた。彼らの笑顔をみるたびに、ノクスとアルバにも笑顔でいて欲しいという気持ちが強くなる。

魔王城はとても美しかった。手直しされ、手入れの行き届いた家々が並んでいる。植樹され、水路が張り巡らされた道、全体として統一的でとても清潔だった。まるで絵本の中から飛び出してきたかのような美しい光景だった。住むならばきっとこんな場所がいい。けれど、どうしても笑顔の弟妹を思い描くことはできない。


重厚な扉を開き、身を滑り込ませる前にルカは一度だけ廊下の奥を見た。同じ階に魔王の居室がある。灯りはなく、人の気配を探ることはできない。もっとそばへ近づかない限り。

何をしているのだろうと思った瞬間に、扉を押し込めていた手は動かなくなった。これと言った話がなくとも、怪我の具合だけでも知りたかった。忙しい日々のうちに忘れ去った、あの塔でのできごとが蘇ることがあるだろうか。夜中に飛び起きることが彼にもあるのだろうか。知りたい。


結局鳥が鳴いて、形になりかけた気持ちは一挙に崩れた。少なくとも良くない傾向だとわかりつつ、陰気に傾いた心を押し返すことはできなかったのだ。


その日も昏刻(くれこく)にアルバが咳き込み始め、口元によせた手巾に痰を吐いた。髪は乱れ、首筋は汗ばみ、その目から涙が溢れようとしていた。腕の中で震える体からおびえた泣き声がし始めると、片手を寝台に突き、横座りするような姿勢で耳元に顔を寄せた。苦しめるなら私を、痛めつけるなら私を、ぜんぶ私が何とかするから。そのような囁きを繰り返して、自分の気持ちが皿から溢れないようにするのがやっとだった。薬の効き目がでるまで涙や汗を拭い続けた。眠る気は起きず、ただ弱弱しい呼気を聴きながらじっと床を見つめる。


(熱は下がった、でも咳がまだ止まらなくなることがある……それに痰も……きっと目も見えない…………)


どうして私を選んでくれなかったの――

時間さえできてしまえば、いくらでも悪態が出てきた。早く早く夜が明けてと自分の声が聴こえてくるようだった。

空しさが心を吹き過ぎる。薬も作れず、病の弟妹を国に置いていった不出来な自分が多量の憎しみを受けるには、本当に似合いのことのように思えた。


隣でノクスが咳き込み始めるとルカは寝台から離れ、もう一つの寝台へ向かった。弟妹の看病をすることがここでできる唯一の仕事であることに気づいていた。


ノクスの背中をさするルカが鼻歌をうたっていたことは当人でさえ気づいていなかった。だが、夜の診療所ではかすかな声がよく響いた。






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