6-9『犠牲』
「面白い」
将軍が距離を詰める。兵士たちを後ろに従えて、重剣を平然と握りなおした。ルカと魔王を交互に眺めて、それからいかにも思い上がりを喋り始めようという顔をした。
「そのねじれ角、その鎧……お前が魔王か」
沈黙が答えとなって将軍は低く笑った。
「なるほど。勇者を手懐けて、ここまで乗り込んできたか」
「違う」
ルカは剣をひらめかせて言った。
立ち上がると、ノクスとアルバを抱いたルカに将軍は目を見開いて、唇をほうと開いた。ルカの身を膨らませる塊が子供だということにようやく気づき、楽々二人を背負う女の姿に笑いをこらえるという侮蔑を贈った。兵士たちも将軍にならいルカを指し示して笑い始めた。「なんという怪力女だ」言葉が耳に入ったが、ルカはてんで取り合わなかった。
「貴方の事を覚えている。この子たちを助けると言ってくれた。なのに、こんな場所に押し込めた」
「それが困るというのか?」
「病人を知り得ざるところに押し込めて、朽ち果てた薬草を手に取ったこともないだろう。床に残る嘔吐のあとをみたか? 血の混ざったあの色と臭いを」
「いいや? 人には職があり役割がある。とはいえ、お前も了承していたと思ったが違うか? それに安心するがいい。薬も寝床も与えて、治癒師も薬師もつけていた。そうじろりと見ずに、元の生活を思い出せばよかろう。分厚い壁に守られ、簒奪する者に怯えることなく、罪を犯す心配もない。心地よいとは確かに言えんが、贅沢をさせるところでもない。なにが不満だ?」
「貴方は責任を持って預かると言った。薄暗い廊下、木板の打ちつけられた窓、寝台は糞尿がしみついていた。貴方たちは今、苦い顔をした。病に臥せ、そのそばで看病する者たちを閉じ込めて制することが、いかに人間を不当に扱い、常軌を逸したおこないであると知っているからだ」
「責任を問うならお前はどうだ? 勇者よ。お前は役目を果たすと王と約定を交わしたはずだ。我々は確かにお前の弟妹に薬を与え、そばまで来ていた死を遠ざけていたのだ」
「それはお前がしたことではない。自分の職に色目を使うことしかできない男がよく言う」
将軍は高笑いしたあと顎を上向けて、ルカをからかうように見下ろした。ルカの言葉に嫌気がさしたようには見えなかった。単純に面白がっている。
「弟妹のこととなると心が乱れる。女だな。自国を悪く扱うつもりはなかった、そう言えばすべて忘れてやれるが、どうだ」
「断る。この子たちは連れ帰る」
「約定を反故にするということか」
「ならばこの剣、ここで突き返す!」
冷え切った石畳へと、剣を突き立てた瞬間将軍が踏み込んできた。
最初の一撃を受けたのは魔王だ。重剣の軌道は予想を超えて速く、勢いを真横に流すだけでも魔王の手に痺れが走った。二人の男の鎧が鳴り、石畳に火花が散る。ともかく二撃目、三撃目と将軍が押して、切り結ぶことさえ容易なことではなかった。
突然兵士の一人が隊列を離れ、ルカの方に突っ込んできた。歯を剝き出しにして「魔族に心を売った裏切者め」と叫んでいる。ルカは振り下ろされる剣に鉤縄を投げ、縄をしならせて剣を奪い取った。時計屋の方に下がろうとすると、弓が二人のあいだを縫い取る。その隙をついて徒手の兵士がルカに覆いかぶさる。ルカはノクスとアルバを庇おうと躍起になるが、兵士は目もくれず、ルカの足を割った。男はそれがいかにも名誉であると言いたげに、他の兵士に目配せして叫んで聞かせた。
――これは勇者ではない。言を食んだ女だ
魔王は後退しながら将軍の剣筋をさばいていたが、押し返すことはできなかった。
将軍の剣が弧を描く。体を捻って躱すも、肩当てがひび割れ二手に分かれた。肩骨を伝い、剣を握る手に衝撃が走る。瞳を鋭く光らせて、おのれの精神に渇をいれて耐える。ひるんだ隙を逃さず、将軍は首を払い落とそうと真横に構えた。人殺しの技巧が上々とみえる。
その捻ったわきの向こう、横たわる時計屋が顔を起こしていることに気づいたのは、向こうが熱心に視線を合わせようとしていたからだ。時計屋は油断もならない男だ。袖口から放った細鎖で、ルカを組み敷いている兵士の首を絞めた。思わぬところからもたらされた窮屈さに、兵士は首をまんべんなく掻くが、股間を殴られてのけぞった。起き上がったルカは何やら時計屋の顔が青ざめているのをみたが、彼の手に空の薬瓶が握られていることに気づいた。やはり治癒薬だったのかと安堵する。




