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【毎日8:10更新/9章:クライマックス開幕!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第六章

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6-8『犠牲』

早鐘の鼓動のままルカは魔王を見上げる。

首を伸ばせば銀の髪が散って、血の匂いが漂ってくる。鉤縄は役目を終えて地面に放り出されている。早く止血しなければと貫かれた手をたぐりよせようとしても、魔王はルカを抱いたまま離さなかった。


ルカの頭巾は背中に抱くノクスの頭にかぶさり、頭部に巻きつけた包帯はほどけかかっていた。顔の一部はまだ鈍く腫れあがっていたが、包帯がほどけたおかげで半分閉じた目でも、彼の目や、細かな睫毛の影を見ることができた。


外套から伸びるねじれた角には銀細工の防具が嵌められ、相手はいかにしても気高い魔族であった。この世の不幸はすべて、魔王が存在することによって存在していると王は言った。だから魔王を倒さねばならないと。だが、それが真実なのか誰がわかるというのだろう。角や特性が怒りや憎悪をかきたてるほどのことなのだろうか。人間と魔族の違いになぜこだわるのだろう。魔王や時計屋のことを思うと心の底で何かがじんわりと温かくなる。この感覚に心覚えがあった。ルカが信じられるとすれば、それだけだった。


思案の外で、ルカは自分の口からこぼれた吐息が思いのほか大きく聴こえていることに気づいた。安堵がそうさせるのだろうか。首も手も足も痛むが、体はそれよりも燃えている。


「ぁ、ありがとう……」


二人は何かによって引き寄せられていた。魔王は明らかに目を細めた。優しい笑みが差し向けられる。あたたかな視線の意味を問いただすようなことはしなかった。なんにでも言葉にしたくなるルカですら、沈黙に身を委ねる始末だ。とやかく思うこともできない。彼はそれから扉の方を向いた。扉が大きな音を立てて開いた。


ルカは身を震わせて驚愕する。ノクスとアルバの体調を手早く確かめて、最後まで寝かされてくれることを祈った。

屋上に到達した兵士らがどっと流れ込んでくる。二人、三人、もっと、数えきれない。左右に広がり魔王らと一定の距離を取る。そして屋上の半分を鎧が埋め尽くすと、憤怒した男が一足一足、石畳を押し固めるように入ってきた。


白髪を後ろに撫でつけた壮年の男。顎にみじかい髭を蓄え、背に重剣を乗せている。

男はまずルカの後ろ、城下へゆるく視線を送り、遠くから家屋や聖堂をうかがった。それから魔王の頭の上、角に目を留めた。二人が寄り添っていることを問うように、ルカを一瞥する。軽蔑がにじみでる顔だった。

魔王の口元が動いた。笑っている。「男は歳を取りすぎると、あのように狂うことがある」その独り言はルカにだけ届いた。


「魔族が人間を助ける、か。戦いの中で死ねんと悟った男は女に戦いを挑むと言うが……頃合いの女を手に入れたか?」


侮蔑も極まると、そんな口振りをする方の人間性を疑う。ルカは黙っていたが、赤らめたり青ざめたりすることもなかった。


「それとも……魔族を(たぶら)かしたのか? 勇者よ」


ルカはその声を聞いた瞬間、何かが胃の底に落ちる感覚があった。ノクスとアルバが焔咳病(えんがいびょう)を患っていると知った日、責任を持って看病すると言ったのがこの男だった。

隊列が割れて、塔から出てきた兵士が男のそばで胸を叩いた。


「将軍閣下、お待たせ致しました」

「いや、時機を得ている。お前たちはいつも期待に応えてくれるな」

「誉れに存じます」


兵士が下がると二人の兵士が交代でやってきた。うなだれる男を引きずり、青い髪で面体は隠れていたが時計屋で間違いはなかった。将軍は時計屋の髪を掴み上げると、血まみれの顔に唾を吐きかけた。周囲を兵士に囲まれ、腕を掴まれ、到底逃れきれない状態で将軍は時計屋を蹴倒した。血が噴き出る。


「見よ。魔族どもが、神聖なる王の土地を穢した」


兵士たちは意図を察して一斉に後ろに下がった。将軍が剣を抜いた。じわじわと足を開き、惨殺する体である。

魔王は怒りを露骨にあらわにして将軍に踏み込んでいた。だが、兵士らも将軍の都合とひとつになって、剣先を連ねて立っていた。間合いをきることも敵わず、魔王の目の前で時計屋の肩口に重剣がしたたか刺さった。うめいた時計屋に目もくれず、両腕を持つ兵士たちは項垂れる体をいきおいつけて石畳の上に放り出した。魔王は身を滑らせ、兵士らの中に一足二足踏み込む。剣先はおさめられ、時計屋を奪い取ることを咎めてこない。ただ責め立て、苦しめ抜きたいのだ。魔王が飛びすさると、足を置いて居た場所に矢が刺さり、ルカは射手を探して頭をふった。歩兵の裏に隠れていた射手はルカに狙いを変え、動じず、矢を放つ。ルカは剣をひらめかせて矢じりを弾いた。矢はアルバの頭を狙っていた。


傷口を圧迫しながら確かめると、時計屋の胸はまだ脈打っていた。耳を近づければ息があり、呼びかければ唇が微かに開いて、細い声が漏れた。


「……失態、を、……」

「わかっている」


顔や肩の傷のほかに多くの傷があった。指が不自然な方向に曲がっている。残された痕跡が、残酷な時間を雄弁に語っていた。






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