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【毎日8:10更新/9章:クライマックス開幕!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第六章

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6-7『犠牲』

時計屋は袖口で血を拭うと動きを封じようとするルカの手を弾いた。その手がアルバの頭をかすめたので、彼は苦い顔をしてすぐに身を引いた。


ルカは咳き込むアルバの背をやさしく擦りながら、目の前の男のことをもっと理解すべきだと思っていた。弟妹と再会できたことも、二人を連れ帰れば治療にあたってくれると約束してくれたことも、魔王と、鬱陶しい心地で眺めてくるこの男の尽力がなければ成り立っていない。


「……もしかして最初から具合が悪そうにしていたのは……その特性というのが貴方を傷つけた上で成り立つものだからですか……? そんな事教えてくれなかったではありませんか」

「はっ、まだ勇者らしさの仮装をしている。随分とお気に入りのようで」

「えぇ、えぇそうです。私は恥知らずです。貴方の命がむざむざ奪われていくのに、見過ごすことなんてできないと言うんですから!」

「貴方に私を懸案する資格などないと、いくら言えばわかってくれるのでしょう。命の使いどころは自分で決めます。そのぐらいわかるでしょう?」


身を起こした時計屋は魔王を見つめて甘く心底から微笑んだ。また同じようにして直立して、遅れて彼の外套の裾が宙を浮き始める。彼の特性が、あたたかな光となって漂う。ルカは術が完成しても彼が無事でいることを祈ることしかできない。


青い髪が天に跳ね上がる。

光の粒が三人の体を包んだ。存在をまとめて運ぶ為に頭部から足先にかけて低速でまわる光は何の抵抗もないように見えた。次に瞼の裏をやく閃光に覆われて体が消失する。そうした段階を一度経験したルカも理解していた。


だが途中で何かが引っかかるような、ぎこちない揺らぎが起こる。視界が二重になって、ルカは反射的にアルバとノクスの存在を確かめるように痛いくらい握りしめた。


転移の瞬間は足元がふっと消える。それはどこか高い場所から落下する感覚に近い。魔王城から城塞塔まで転移したときも、あらかじめ腕を掴んでおくように魔王に言われていなかったら、落下したと勘違いして鉤縄を投げていただろう。術が成功していれば、体が外界に反応して高山地帯の澄んだ空気に包まれていたはずだ。だがルカの体はごうごうと鳴る風に包まれていた。足元から消えた地面は戻ってこない。


体をひねって、そばを急速に流れていく石造りの壁をみる。窓が内側から封じられている光景が一瞬で擦過していった。まだ王城にいる。城塞塔の外に放り出されているのだとようやく理解する。ノクスとアルバを掴んだまま、風圧で折れる首をむりやりに動かして周囲をみた。魔王も時計屋もいない。ばたつく足で空を蹴るが反作用によって向きが変わるだけだ。


王国の街並みが天に広がっている。術に時計屋の体が耐えきれなかったのか、魔王がどうなったのか、このまま落ちればどうなるか。ルカの脳裏にいっぺんに物事は過ぎ去り、そして直ぐに「鉤縄」を選んだ。


外套が風にあおられてひるがえる。腰帯にかけた鉤爪を引き抜くことに苦労はなかった。指先で持ち手を調節し、片目の目測であたりをつけ、全力で塔の上に投げた。爪は運よく屋上を越えて、青空の奥へ行って見えなくなる。

鋸歯の胸壁に引っ掛かってくれれば―――そう願うも、爪は石畳を引っかいただけで、そのまま空に飛び出てきた。失敗したのだ。


「くっ―――!」


石壁には出っ張りもない。壁を掴もうとして勢いに弾かれる。


その時、ルカの手に縄が食い込んだ。鉤爪の尻につけていた縄がぴんと張って、腕が引きちぎられるような衝撃が走る。

ルカは声を上げそうになるのを堪えて、縄を握り返した。体が反動で浮き上がり、塔から離れたと思えば引き寄せられる。壁に叩きつけられる直前に足で勢いを殺して、さらに自分の頭を擦りつけて揺れを抑えた。頭巾から垂れた金具がルカの頭蓋骨の代わりにぎりぎりと音を立てて変形した。おかげでノクスとアルバは無傷だった。


縄を離すまいと手首をしならせてさらに巻きつける。上を見ると塔の縁に黒い体が乗り出しているのが見えた。風になびく銀の髪が陽光に照らされている。ルカは息をのんで、嗚咽を漏らした。あぁ、なんてこと―――


魔王は素手で鉤爪を握りしめて、三人をたった一人で守っていた。刃についた返しが彼の腕を貫き、ルカの顔にぽつぽつと赤い雨を降らせる。三人分の体重をその片腕だけで支える男の顔は歪み、力を込めた腕は筋肉の昂りのままに激しく揺れている。


それから魔王は腹の底から絞り出すような声をあげた。獣の咆哮に似た絶叫とともに縄が引き上げられて、ルカは足で壁を蹴り上げながら駆け上がった。


縄を摩擦させぬように魔王は最後まで自分の腕力だけで支え切る。手の届く場所までルカがやってくると、反対の腕で腰帯を掴んで引き上げる。やっと塔の床に足がつくと、ルカは思わずへたり込んだ。魔王はルカを外套の内側に庇いながら、荒い呼吸が整うのを待った。






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