10-11『あきらめ、唇を噛み、いつものように』
白絹の衣、その上に紺碧の仕立て着に身を包んでいたルカは、その色が王国では好まれていない、魔族がまとう黒色であることを除けば、男たちの前に立って健気に努力し、世の悪を追求しようという純真無垢な女に見えていた。
手足は細く、髪はいくらか切りそろえられているものの、まだ唇に色をつけることを知らない。貧しい生まれであることは明らかで、入室してきたルカを一目見た大臣らは、真剣な顔をして唇を結んだ女を憐れむように軽く笑った。
侮蔑に慣れているルカは、胸を張り、視線を一切おろさないまま、身なりの整った豪奢な面々をひとりずつ眺め、最後に自らの肖像画の前に座る国王の顔を見た。
王国の大会議室――ここに集うのは、この国を統治し、魔族領への侵略を企てる者たちだ。
「どうしたのかな? 喉を潤す必要があるのなら、恥じることはない」
「必要ありません」
「それではだめだ。顔が良くても、常識がないね。いただきますと、答えなさい。その方が可愛らしい拙さを感じさせる」
水が来る。ルカは視線を動かさない。
悪意を口の中で舐める癖をつけろと、フッセルルの言葉を思い出していた。あのときは、こんな話をした。『お前はどうして怒らない?』――魔族の遣り口に、ということは彼はあえて言わなかった。なんでも飲み込めるから構わないと言うと、苦いと思うものは吐き出せと叱りつけられた。先生は見抜いていたのだ。悪い言葉を飲み込むたびに、心でなんの味も感じられなくなっていくことに。
どこへ吐き出せばいいのか方法がわからないというと、先生は合わせた両手で器をつくった。『俺が聞く』――その記憶が瞼の裏にあるだけで、もう充分だった。
「……みなさまが、私のような者のために、お時間を作ってくださいましたこと、本当にありがたく思います」
おぉ、と嘲笑と乾いた拍手がおこった。
「その調子だよ。それで何の話をしたいのかな?」
国王は玉座に肘をつき、指先をふっくらした頬に埋める。
「魔族に関するお話です」
「もっと分明に、包み隠さずに」
「私は魔族領を踏破し、彼らの居住地である魔王城にいたりました」
「それは興味深い。続けて」
白髪の老人の顔は緩み、家臣団はつられて同じ表情をつくっていたが、国王の目元の冷たさまでは模倣できていなかった。
ルカは細く長い息を吐くと、自分がこの場に来た理由を話し始めた。
「私は魔王城に滞在することの許された唯一の人間でした。そのときすでに、私の家族が重病を患い、危険な状態にありました。彼らは私に、治療薬を与え、家族には清潔な寝床と食事、そして安寧を約束してくれました。療養のあいだには、私に学問を修めること、職を得ることさえも許してくれました。私が有する武器は、剣のほかに登攀に必要な鉤爪や短剣、鎧の一式がありましたが、取り上げられることもありませんでした……そして長い時をかけ、周囲の献身、本人の忍耐と生命力をもって、病に打ち勝つことができました」
「心を打つ、立派な話だね。別れの挨拶の瞬間まで教えてくれるのかな。であれば涙の準備をしておくが」
「彼らは自分たちの王に敬意を表し、他者に寛容を示し、豊かで、とても誠実です」
「夢のようだね」
「魔族という善良な種族に対し、私たち人間は、彼らの領地を侵し、作物を奪い、いたずらに命を奪うことを続けています。私たちに彼らを蹂躙する資格はありません。これまでの愚かさを償い、領地に干渉しないよう、正式に約定をすべきです」
「それが望みだね?」
「あの地に住む人々を誰一人、不幸にしないでいただきたいのです」
「そう」
「陛下、発言の許可をいただきたく存じます」
王の右腕に位置する席に座っていた男が、王の顔色を窺ってから、またルカに視線を戻した。
「お嬢さん。通例、この大会議室での軍議は王国の爵位を有する者だけが参加を許されている。だが、君は例外的に同席を許されている。理由はわかるね?」
「勇者と名乗ったからです」
ルカと大臣らには距離があり、彼らは発言の度に体の向きを変えるので、頻繁に頭を動かす鳥を思わせた。豪奢な服には白い羽毛が施され、体の動きに合わせて羽根飾りも流動していた。
「そのとおり。君は自ら勇者だと名乗り、陛下との謁見を望んだ。勇者の意見であれば我々も尊重しなければならない。だが、儀礼大臣」
数席離れた場所に座る男が、顔を少し俯ける。




