10-12『あきらめ、唇を噛み、いつものように』
「勇者の剣による選定の儀式、および称号の授与式が催された記憶は、私のどこにも存在しないが……間違っているかな?」
「いいえ、儀式録にも記載はございません」と、儀礼大臣が答えた。
「だろう? それに君は、あるべきものを持っていないようにも見えるが」
「あの剣は自分の判断で行動しています。必要だと思えば、彼の方からやってくるでしょう。私の言葉が、――」
「彼? 聞き間違いかな」
「……」
「おや、そう身構えないでくれないか。我々が示し合わせ、辱めるために君を呼んだのではない。勇者と名乗る女の子をお呼びした。幼い自己満足に付き合ってあげているだけなんだ」
「落ち着いて聞いてくださいませんか。私と貴方は、同じ人間です」
「価値が違うがね」と、男は冷静に言った。羽飾りの下には赤い帯が斜めに掛かり、金の勲章が複数吊り下がっている。それが男のいう価値だろうか。
壁と見えていた戸が奥に引っ込み、従者が入って来た。大臣のひとりに耳打ちし、音もなく隣室に戻っていく。ルカは、この部屋自体が檻のようだと不快感を目元にのせた。男たちは優雅な笑い方と、何も広げられていない机を挟んで、何を話し合うのだろう。
「そう意地悪をするものではないよ、無知は罪だが、彼女は他者を優先するあまり同族の幸福を、すこし、忘れているだけなのだ。どうかな、彼女に魔族の大罪を説明してやるというのは」
「仰せの通り、それが最も確実な道かと存じます」
「では、軍務大臣。いかがかな」
何を言われても、この吐き気のする大会議室に居残る必要があった。見えない玉を投げて遊ばれているかのように、ルカの視線は左右を行きかう。
「軍務大臣。魔族の罪過について述べて欲しいと、陛下が君を指名くださっている」
末席に腰かけていた男が紙上から顔をあげて、あわてて玉を受け取った。足元に置いた鞄から書き物の束を掴み上げて「これじゃない」と、机上に出し、目当ての物を手繰り寄せるまで独り言は続けられた。
「えーと、あ、これです! ここに魔族の罪過をしるした調書があります。編纂者は私です。この通り、非常に長い巻き物でして……何をご所望ですか? 最古の記録? 刑罰の分類は? 死刑に限りますか?」
男は机上に並べていた他の巻き物を片手で荒々しく払い除けた。豪快さは常軌を逸していたが、他の大臣らは目線で追うだけで、落ちた巻き物にも、男の過剰に大振りな言動にも特に反応をしめさない。王の右手側で大臣が穏やかに口元を緩めた。
「君は仕方がないやつだな。直近の悪事をかいつまんでくれないか。刑罰は問わない。そこにいる彼女に、聞かせてあげて欲しい」
「彼女? えぇあぁ、侍女の方。興味がおありなのですね。それなら、とっておきのものがありますよ。えぇと……ふたつき前、我が国の特使エディオ・プランテーノがロマン丘陵の集落にて暗殺されました。下手人は角の生えた魔族の男が二人、逃亡中に激しく抵抗したので、やむをえずその場で仕留めています。持ち物に声明書があり、魔王の密命を受けた者であると判明しています。次に、砦の建築妨害を受けた報告です。痩せてぼろ布をまとった魔族の集団が、休息中の土木師を襲いました。彼らは剣を突きつけながら、人間が領内で悪意を広げていることや、自分の経験をくわえた信仰について語り、最後には魔王を信じよと命じました。土木師たちは動揺し、命乞いをしましたが、魔族は彼らを刺し貫き、火中に投じて焼き尽くしました。これもお話ししましょう。わが国で最も罪深い、人間と魔族の懐胎について――」
「止まれ! 王の御前である!」
ルカは机に駆け寄り、軍務大臣の広げていた巻き物を目を皿のようにして見入った。壁に控えていた護衛兵が槍先を近づけ、ルカを巻き物から引きはがそうとしたが、王が片手をあげたので直ぐに引き下がった。
巻き物の端は、軍務大臣の手を離れ、机下に流れていた。ルカは端を持つと文字のひとつひとつを必死になぞった。男が話した内容は、何の虚飾もなく、確かに、より詳細に記されていた。
王は低い声で言った。
「それらを罪と言わぬはずがない。魔族は、我らの墓を暴き、死骸を掘り出すこともする。私たちを辱めることで、自分たちの信仰を高めるため、敢えてそうしているのだ」
ルカは真上を見上げた。揺れる瞳の中に、高い天井から吊り下がる巨大な燭台の光が煌めいていた。
「魔族という善良な種族―――だったかな?」




