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【毎日8:10更新/完結間近!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
最終章

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10-8『あきらめ、唇を噛み、いつものように』

荒唐無稽と口にしていたことから、陛下自身が発言の信憑性が低いと自覚している様子だが、紡がれた情景は生々しく、声色や苦しみを含む動作からも素直な言葉であるという印象を受けた。そして「時を戻る」という行為も、さほど突飛なこととは感じなかった。


魔族は各々異なる「特性」を持って生まれる。たとえば時計屋の「特性」が異なる場所に瞬時に移動する「転移」であるように、時を複数の糸で編まれた布だとして、それを「織り直す」特性があってもおかしくはないのだ。


陛下は戦いの中でも防御に徹することが多く、重たい一撃を受けても易々と貫かれることはない。それは彼の「特性」が体に糸を巡らせ、硬度を極限まで高める「凝固」であるからだ。


(………織り直す……)


文官長は髪の陰に指を通し、肌に触れていたほつれ毛を後ろに流した。真剣に考えすぎて熱くなった息を吐く。

解明は一旦余所に置いた。今なにもかもを(つまび)らかにすることは求められておらず、すくいあげるべきなのは、親友の忘れ形見である若者の苦悩の方であった。対座している旧友からも、ひたむきに向き合おうとする意思が滲み出ていた。


「名はなんという」


武官長の問いかけに、その瞬間を待っていたと言わんばかりに、魔王の面差しはやさしい微笑に覆われた。明晰すぎる声が、一言、幸福の名を呼んだ。


「ルカ」


捧げるような声だった。

武官長は重ねて問いかける。


「……どういった素性の者だ」

「俺を殺しにやってくる人間の女だ」


飲み込めない事実に、四人がそれぞれ異なる反応を示していたが、一顧だにされず、話は進んだ。


「勇者の剣に選ばれ、人間に安寧をもたらすために、俺を殺すことが正しいと教わっている。ただ、ふつうの女ではない。人間でありながら過ちを認め、魔族の側に留まることを選んだ。俺は必ず、その苦痛を伴う道を選ぶ女を守った。また骸を抱くようなことは、避けたかった」

「……そうか」


終始渋い顔つきでいた武官長は、話を聞いている間、ずっと指で机を叩いていた。しかし、息子のように思っている年下の男が悲し気であることに気づくと、男の持つ豪胆さや活気さの灯が弱まっていった。やがてその指先を木目に押しつけたまま動かなくなった。

「……口が渇くな…」と、水差しを取りに立ち上がった魔王を止めることも出来ず、主君が己の手で杯に水を注ぐ音を聴く。なかなかに屈辱的なことだと、武官長は鼻頭に皺をつくった。


杯を空にして戻って来た主君に、時計屋が訊ねた。


「お伺いしたいことがあるのですが」


頷きが返る。熟考を終えた道化は目を細め、顎に指を宛がった。


「……王国に行って、どうなるかもご存じなのですか?」

「いや、何もわからない。中庭に……今朝お前がやってくる前、勇者の剣があった。俺が知る限り、ルカはまだ勇者に選ばれてはいない。剣は選定の儀があるまでは玉座に置かれている。この時点でこの城に剣があったことは、今まで一度もない」

「今日が始まりの日であり、目覚めた直後でありながら、理外の事態に直面している。ならば、貴方様がこれから行う何かしらの決断の影響ではないということです。何か、貴方様すら想定していないことが王国で起こっている。だから、その方に逢いに行く必要がある。ということですね?」


このとき、対面に座っていた文官長が腰を浮かせ、少し前のめりになった。


「お待ちください。記憶を有しているのは、陛下おひとりなのでしょう? その方も覚えているのですか?」


魔王は平然と首を振った。


「なら……顔を合わせたこともないのでは? 敵意を向けられるのではないのですか?」

「そうなるだろう」

「それは……」


何を納得しているのだと、どうしようもなく非難の声をあげたくなった。文官長は下唇を噛んで、言葉を必死に探した。魔王は、いずれもまったく同じ調子で、それどころか少し、諦めた様子で静かにこうつけ加えた。


「俺のことはどうでもいい……いいんだ」


先程から、ルカという人間のことを極力話さないのは何か意図しているのだと思っていた。あちらもまた、魔族領に身を置くほどに、この寡黙で内側に気持ちを堆積させる若い男をどうしても求めてやまないというのなら、このいくらか沈んだ言葉の数々でさえ、偏屈な恋文にとってやることもできた。しかし、読み間違いをしていたのだと、文官長は己の過ちに気づいた。


「――よくありません!」と、勢いをつけて立ち上がる者がいた。


補佐官に、魔王は義務的な響きをもって返した。


「信じなくとも、――」


机を殴打する音が室内に響いた。三度目に振り上げられた手は宙でとどまり、蒼白な皮膚が、叩きつけられた所だけ赤らんでいるのが見えた。補佐官はさらに二度、机を打ちつけた。


「そんな話では! ないのですッ! はぁ…ッ、なぜ、そうして平然としていらっしゃるのですか?! あなた方もです! つまり陛下は、死に向かわれるということなのですよ?! そんな場所にすすんで送り出せるわけがないでしょう…!! どうして止めないのです!」


時計屋は、自らの小指に嵌まる指輪を弄ぶ手を止めて、静かに答えた。


「……そんなことは聞かないでもわかっているじゃありませんか」






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