表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【毎日8:10更新/完結間近!】きみが死なない、その朝まで  作者: 夜行(やこう)
第九章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
113/174

9-26『一頭の羊』


――風が吹き荒れていた。山の冷えを含む風を押しつけるように、暗雲が蓋をしている。屋上からは城下も空も、踏破してきた山の稜線さえも見通せる。見張りの姿はない、たった一人佇む魔王以外には。彼は、待っていた。待っていてくれた。


『人間も魔族も関係ない……静止している者に手は出さない!』

『俺は魔王だ―――勇者よ、成すべきことを成せ』


――液体の入った硝子管や送水機器、その他の器具にあふれて整理のついていない製薬室。過ちを犯した私を、彼は見捨てるどころか、その手で繋ぎ止めてくれた。


『その薬瓶には焔咳病(えんがいびょう)の治療薬が詰めてある。この製薬室で作らせた新薬だ。王国で使用しているものよりも効果がある。扱いには細心の注意を払ってほしい。今はそれしかないのだから。言っていることはわかるな?』

『これを飲ませれば、なおる…?』

『治る。俺の体で試している。この通り熱もなければ目も見える。平癒しているということだ』


――彼の喉で「ふ」と小さな音が鳴った。両肩に落ちる銀の髪が横顔を隠しているので、実際に笑っていたのかはわからなかった。あの時は、わからなかった。


『どうした、頭の中で死んでみせろと急かされているのだろう』

『そのぐらいわかる』

『次は手放すなよ』


――難解な彼の言葉を咀嚼しようとした。わからない。だって、それは、彼の目から見る「私」の話だったから。


『考えたこともない。なら考えろ。俺が答えて、それがどうだと言うんだ』

『お前の心には生がない。お前は生を考え、真に寄り添おうとしたことがない。それは俺がお前から…………』


――病が癒え、光を取り戻したノクスとアルバ。それは幾度も夢に見た光景だった。喜びに力が抜け、私はただ遠くから見つめることしかできない。それで充分だった。だけど、彼は私を抱き上げると、二人の側へと連れて行ってくれた。それから、二人のまぁるい頭を大きな掌で包み込むように撫でる。感謝を口にしたノクスへ、彼はこう答えた。


『……似た者兄弟だな』



――彼は、いつでも、いつかの「私」と、いまの私を見てくれていた。














『……お前の為なら』














もう、靄はなくなっていた。


ゆっくりと剣柄から手を離したルカは、荒廃した庭園区の光景を、補佐官や武官長、兵士らの姿をひとつひとつ眺め、最後に、手の届く場所に横たわる彼の顔に、ようやく視線を合わせた。


「…………」


最初ルカは何の表情も浮かべていなかった。剣、あるいは、何か特別な力によって結ばれた記憶は、うつむいた襟元からひと房こぼれ落ちる髪のように、御しきれず霞み始めていた。もし彼がこの軽薄な独白をきいたとしたら、さぞ口惜しく思ったことだろう。瓦礫の枕に腕を差し入れて、彼の顔を自分の方へ向かせた。頬についた砂埃を払い、額に乱れ掛かっていた髪を除ける。いつの間にか微笑を浮かべていたルカは、ふっと目を伏せた。


今度はルカの方が、彼の心を何一つ逃さず、追いすがった。彼のために時を過ごせと、心の命じるままに、ただ集められる音を聴き、散り散りになる記憶をかき抱いている。


空は、未だ燃えるように赤く、それでいて白々とした朝の光にその輪郭を涙のように滲ませながら、少しずつ赤みを失いつつあった。幾度もの「私」の死と、「彼」の嗚咽を聞いた後であれば、彼がまた「私」の元に戻っていったのだという、ふしぎな確信があった。それは明瞭な別れだった。ここに置いていかれた彼を愛する人たちの中に、ルカもまた属していた。


二つの色を持つ空から、不意に、きらきらと光る雨が降り始めた。雨粒は背景を映し、鮮やかな血を凝縮した糸のように見える。王冠から伸びた、あの(つる)にも似ていた。


これで事が終わったわけではない。ルカは先ほど手放した勇者の剣を、もう一度、握りしめた。

一息引いて、祈るように、誓うように、唇に願いを乗せる。


「もう二度と、この人が孤独にならないように………」


勇者の剣が、これまでで最も苛烈な光を放って煌めく。

息遣いまでは聞こえない距離に立っていた補佐官らは、剣がまとう破壊的な光に魅せられ、そして怖れを感じていた。

溢れ出た白光がルカの頭上へと集い、渦を巻いていく。「ルカッ!」と、武官長が実子をあわれむような声で叫んだ。何かが終わる気配を悟っていた。


白い光は無数の糸となって、赤い雨を迎えた。「彼」を迎えに行きたいという願いが、次々と沸き立っていく。間もなくして白糸は滝となって、ルカの頭部に接した。丸みを帯びた輪郭が、頭を左右から挟むようにつくりあげられていく。先端は耳の上で湾曲し、次第にひとつの形を露にした。分厚く荒々しい巻き角――


一対の「角」だった。


人間には決して宿らぬ、魔族のみが持つ絶対的な証。大きく美しい螺旋を描き、丸く湾曲したその角は、彼女が人間であるという境界を越え、魔族の境に踏み入った証左に他ならなかった。


それは白く、ときどき糸がほつれて、揺らめいている。その、形ばかりの角から発せられる光はさらに広がっていく。自身の頭部に角があることにも気づかず、ルカは黙って魔王の顔をつぶさに眺めた。


「私にできる、すべてを……」


悲しみや、後悔、自責―――自分の内側にあったものが、もどかしいほど親密に彼と同じものである気がした。心に浮かぶそれらを、並べて透かしてみれば、きっと喜びとしかいいようのないものが見えるのだろう。涙どころか、ルカの瞳は勇気で輝いていた。


何もかもが白一色に染まるその中で、どこか遠く、呼び声が響いた。それは羽ばたく鳥の羽音のように、一斉にいつかの「空」へと移ろっていった。




-


3-5

4-8

5-5

7-10

8-21

(9-8)

9-18

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ