第十一話「方針、変わります。」
一か月が経った。
街が変わった。綺麗な女が増えた。
男たちが活気づいた。冒険者の数も増えた。
俺が動いた結果だよな。
それが、面白かった。
街を歩くと、若い女から声をかけられるようになっていた。
正体は知らない。
ただ「金持ちそうな男」に声をかけているだけだ。
・・・あまり行き過ぎると治安が悪くなりそうだな。
『このペースでいけば、あと半月で目標金額に到達します』
「わかってる」
少し胸を張りたい気分だった。
——だったのだが。
昼飯を食いに、食堂に寄った。
ミナが飛び出してきた。いつものように。
ルカが水を持ってきた。以前より手際が良くなっている。
シチューを頼んで、静かに食べていたところ、
勢いよく扉が開いた。
息を切らせた女が入ってきた。
銀髪。背筋が真っすぐ。でも今日は少し乱れていた。
ノエルだった。
ミナが厨房から顔を出した。
「いらっしゃいませ! お水お持ちします!お好きなお席にどうぞ!」
「はぁはぁ…レインさん! お伝えしたいことがあります!」
ノエルが目の前に座った。息を整えながら、俺を見た。
まっすぐな目だった。
「お前、そんな顔するんだな。何があった」
「わたしのイメージってどんななんですか」
こんなやりとりのあと、ノエルが話し始めた。
町の活気が増すにつれ、教会への足が遠のいていた。
祈祷を求める者が減った。
収入が落ちた。
回復を求める患者も激減した。
焦った司祭が秘密裏に動き始めて、ギルドに目をつけた。
近いうち、本部から視察団を呼んだらしい。
その視察団は何か教会に対して不都合があると動く隊で、
詳しくはわからないが、黒い噂もあるらしい。
そして最も恐れられているのは団長のクレア。
赤髪の長身の女で、女たちには憧れの的だが、
若い男を食うという噂がある。
信じられない話だが、戦闘と物色が目的で教会にいるだけだと。
「気をつけてください。あなたは若くて、顔も良いので」
ノエルが俯いた。耳が赤かった。
「ありがとう…でも、どうしてその情報を俺に?」
「あの時から、ずっと気になっていました。
広場で話した日です。この一か月、領内が本当に変わっていきました。
繋げていたら、あなたしかいなかった」
「俺だという確信はないだろ」
「ありません。でも、お伝えしないよりはいいと思いました」
「……ありがとう」
「気をつけてくださいね」
ノエルが小さく頷いて、立ち上がった。扉が閉まった。
俺は少し考えた。
視察団というものが本当に来たとして、
ギルドの中を見られても大丈夫だ。
トイレの一角なんて、普通は気にしない。
だから恐れているわけじゃない。
ただ——面倒くさかった。
教会に目をつけられること自体が、面倒だ。
今は静かに動きたい。余計な摩擦を作りたくない。
となると、電話ボックスでの施術は一旦止めた方がいい。
でもあと半月で目標金額だ。止めたら、その分遅れる。
ならば別の方法で稼ぐしかないか…?
「なあ」
『はい』
「俺の戦闘力はどうだ」
『貴族の子弟として剣術と武術を嗜む程度です。
単独での戦闘は低難度の依頼に限られます』
「危険か」
『状況によります。適切な依頼を選べば、リスクは——』
「この世界で死んだら、俺も死ぬんだよな」
少し間があった。
『はい』
俺はしばらく黙った。
回復魔法は使える。傷は治せる。でも即死するような攻撃は防げない。
前世でもこの世でも、戦闘どころか喧嘩もしたことがない。
そんな危険なこと、俺がやる必要があるのか。
孤児院のためとはいえ。
本当にやる必要があるのか。
考えれば考えるほど、答えが曖昧になっていった。
動機が、するりと抜けていく感覚があった。
面白そうだから。得だから。
でも命を賭けてまでやることか。
「……一旦延期するか」
声に出していた。
気づいたら、そう言っていた。
立ち上がった。
懐から硬貨を出してテーブルに置いた。
ミナに「ごちそうさま」と言おうとした。
そのとき。
服の裾を、何かが引いた。
見下ろすと、ルカだった。
布巾を持ったまま、俯いたまま、俺の服の端をつまんでいた。
顔が見えなかった。
「どうした」
ルカは何も言わなかった。
俯いたまま、動かなかった。
「ルカ」
ルカがゆっくり顔を上げた。
少し悲しげな顔だった。
何かを言いたいのに、言葉が出ない。そういう顔だった。
俺はしばらく、その顔を見た。
思い出した。
広場の隅で膝を抱えていた、あの日のルカを。
うつろな目で俯いていた子を。
「変わりたいか」と聞いたとき、「そんなの無理」と言った声を。
思い出した。
ルカが相談に来た日を。
「私だけここにいていいのか」と言ったときの、あの小さな声を。
あの子たちはまだあそこにいる、と言っていた。
今も、いるんだろう。
広場の隅に。同じ場所で。同じように腹を減らして、同じように俯いて。
「……大丈夫だ」
ルカはその一言を聞いて何も言わなかったが、
服から手を離した。
俺はミナを呼んだ。
「もう一杯もらえるか」
「はい!」
ミナが飛んできた。
ルカは手は離したが傍から離れない。
俺は温かいスープを飲みながら、もう一度考えた。
死ぬかもしれない。
危険かもしれない。
効率が悪いかもしれない。
でも——やめる理由が、見つからなかった。
AIは何も言わなかった。
今度は俺が決めた。
明日から冒険者として動く。
やれるだけやってみよう。
ふとルカのほうを見てみると目が合った。
「わたしに何かできること、あったら言って」
顔を赤らめながら言った言葉に俺は驚いた。
「頼りにしてるぞ」
返事はなく、顔を赤らめながらぱたぱたと厨房へ走っていくルカを見て、俺も笑ってしまった。
レインはいつもより多めの硬貨を置いて食堂を後にした。




