第十話「お金、稼いでみます。」②
それから、毎日ギルドに通った。
朝、屋敷を出る。ギルドの裏口から入る。
トイレの奥の扉を開ける。中に入る。
待つ。
管を通じて声が届く。指示をする。光を当てる。終わる。
それだけだった。
最初は、冒険者ばかりだった。
モンスターに引っ掻かれた。剣で切られた。転んで骨を折った。そういう客だ。
どれも三分もかからなかった。
三日目、患者が帰り際に管に向かって言った。
「……こんなに安く傷を治してくれるなんて、神様みたいな人ですね」
「そんなことはない」
「ありがとうございます、ありがとうございます。」
神様。悪くない響きだな、と思った。不謹慎かもしれないが、少し笑えた。
五日目。
その日の最後の患者は老爺だった。
白い杖を持って、ゆっくりと箱の中へ立ち、管を通して話し始めた。
「長いこと目が見えんのです。もう諦めておりましたが……噂を聞いて、もしかしてと思って」
俺は少し止まった。
傷や骨折と違う。目だ。どこまでできるか分からない。
でも、やってみた。
今まで使ったことのない方向に、慎重に魔力を流した。時間がかかった。十分近く。
光が消えた。
「……見える」
老爺が杖を落とした。
「見える、見えるぞぉ……!」
管の向こうで、老爺が泣いていた。
俺はしばらく何も言えなかった。
胸の中で何かが動いた。ルカの言葉を思い出した。
やらなければいけない気がした——あの感覚に、少し近かった。
一週間が経った頃から、客層が変わり始めた。
最初の変化は、ある女だった。
顔の上半分に、広い範囲の火傷の跡があった。
自信なさげに俯いたまま、消えるものならと思って来たと言った。
「目が見えなかった人が見えるようになったって聞いて。もしかしてと思って……」
「来て正解だ」
光を当てた。跡が消えていった。
完全に、消えた。
それだけのはずだった。
でも女が自分の顔を見て、固まった。
「……目が」
火傷で皮膚が爛れ、瞼にかかっていた。
それが消える過程で、垂れた皮膚引っ張られ——目元が、変わっていた。
「目が、大きくなってる……」
俺も少し驚いた。
傷を治しただけだ。でも、そういうことになるのか。
「消えてる……!! 跡もない……目も大きくなってる!!」
女が泣き崩れた。声も出なかった。
しばらくして、震える声で言った。
「友達に教えてもいいですか…?」
「好きにしろ」
帰り際、女は何度も振り返った。
その日から、噂が動き始めた。
翌日。
見覚えのない女が来た。
「昨日来た友人に聞いて。鼻って治せますか?」
鼻。
俺は少し止まった。
「怪我や病気ではないのか」
「はい。他の人と比べると鼻が低くて…昔から本当に嫌で嫌で、自信が持てないんです」
俺は少し考えた。
『これは好機です』
「お前は黙ってろ」
『……失礼しました』
まあ、骨や組織に魔力を通すことは今まで試してきた。
理論上は形を少し変えることもできるかもしれない。
よし、とりあえずやってみよう。
好奇心で動く割に、繊細な操作が必要だった。
変な形にするわけにいくまい。
慎重に、少しずつだ。
高くしすぎないように。自然に。あくまで「少し」だ。
十五分ほどで、光が消えた。
「……高くなってる…よね」
女がガラスの前で自分の顔に触れた。
「高くなってる……!」
泣き声になっていた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
……美容整形じゃないか、これ。
そう思ったが、言わなかった。
うん。ただ、一つ決めた。
「怪我、病気以外で次に来るときは、追加料金をもらう」
「え?」
「一度施術した箇所は、また別で追加料金だ」
「……わかりました!!!」
女は興奮が収まらぬ様子で帰っていった。
その翌々日。
また見覚えのない女が来た。
「あの!!」
「わたし目が細くて、ずっとからかわれていて、寝ているのか起きているのかわからないって男の子に言われてからずっとずっとこの目が嫌で、噂を聞いてやっと前を向けると思ったんです!!!!」
「値段を聞くと私はまだそんなにお金を持っていなくて、お父さんとお母さんにお願いして、仕事をいっぱいする約束をしてやっとここに来られたんです!!!」
ものすごい勢いだった。
俺は少し考えた。まあ、鼻と同じ理屈だ。
光を当てた。目の周りの組織に、慎重に魔力を流した。
皮膚の一部の重さを解消して、収縮。
重たい瞼を引っ張るように少しだけ形を変える。
二十分かかった。
光が消えた。
「……あ」
女がガラスに映る自分の顔を見た。
「大きく……なってる」
しばらく動かなかった。
それから、泣き始めた。声を押し殺しながら、泣いていた。
「ずっと、嫌だったんです。ずっと」
俺は何も言わなかった。
でも、悪くなかった。
その日を境に、客層が一気に変わった。
冒険者や老人は相変わらずだが、若い女はものすごく増えた。
内容は顔の「気になるところ」。
目の大きさ、鼻の高さ、皮膚のたるみ、しわ。
女たちはそれぞれに悩みを抱えたのがわかる。
気がつけば、一日の依頼の半分以上が若い女になっていた。
全員、帰るときに笑っていた。
噂の広がり方は、俺の想定を超えていた。
ギルドのトイレの奥に、光の使い手がいる。
傷が治るどころか理想の自分に変えてくれる。
気になるところを言えば、よりよくしてくれる。
そういう話が、女たちの間を走った。
最初は「本当か」という話だった。
でも帰ってきた女の顔を見て、「本当だ」になった。
次第に、少し違う言葉が混じり始めた。
——誰なんだろう。
——顔も名前も分からない。
——でも、あそこに行けば、変えてくれる。
——神様みたいな人だって、最初に行った子が言っていた。
——きっと神様だよ。
俺は仕事で街に出られずそれを知らなかった。
でも、外では確かにそういう話になっていたみたいだ。
二週間目。
リーゼに呼ばれた。
「延べ五十八件。うち後半の一週間だけで三十七件だ」
「そうか」
「件数が急増した理由が分かるか」
「……大体は」
リーゼが俺を見た。どこか楽しそうな目だった。
「客層が変わっているのは、狙いがあったのか」
「たまたまだ」
リーゼが笑った。
声を出さない笑い方だった。肩が少し揺れた。
「たまたま」
「最初からそのつもりはなかった」
「だろうな」
リーゼはまだ笑っていた。
「面白いな、お前は」
それから十日ほどが経った。
ある日、リーゼが短く報告した。
「領内の様子が変わってきている」
「どういうことだ」
「若い女たちが金を稼ごうと動き始めた。仕事を探す女が増えた。商売を始めた女もいる」
俺は少し止まった。
「なぜ」
「お前のところに来るためだ。金が必要だから働く。働いた金で来る。また来るためにまた働く」
リーゼが続けた。
「男たちも動いている。領内に美女が増えたと思っているらしい。連中も勢力的になってきた」
「……」
「経済が、少し回り始めている」
俺はしばらく黙った。
「回復魔法が、経済を動かしているのか」
「そういうことになる」
俺は天井を見た。
想定していなかった。完全に。
回復魔法っていうより美容整形か。
「……なあ」
『はい』
「これ、想定していたか」
少し間があった。
『……いいえ』
「珍しいな、お前が想定外と言うのは」
『人間の女性が美を求める活力に対する認知を、更新する必要がありました』
「更新、か」
『想定の範囲外でした。率直に申し上げます』
思わず笑ってしまうところだった。
面白い。
帰り道。
仕事が終わった後、食堂に寄った。
「レイン様!!」
ミナが厨房から飛び出してきた。
「久しぶりだな」
「久しぶりです! 寂しかったです!!」
「仕事があった」
「どんな仕事ですか!?」
「言えない」
ミナが少し頬を膨らませた。でもすぐに笑顔に戻った。
ルカは厨房の入り口に立っていた。最初の頃より背筋が伸びて、目が落ち着いている。
「ルカ、慣れてきたか」
「まあ」
「先週、常連さんに褒められたんですよ」ミナが横から言った。「給仕が上手くなったって」
「……別に」
ルカは俯いた。でも口元が少し緩んでいた。
「そうか」
それだけで十分だった。
帰り際、ミナが言った。
「レイン様、最近いきいきしてません?」
「そうか」
「私、ちゃんと見てますからわかるんです!」
真っすぐ言った。
俺は少し止まって、それから「ありがとう」と言った。
ミナの顔が一瞬固まった。
それからものすごい勢いで赤くなった。
「……っ、い、いえ!!!」
俺は扉を出た。
後ろで何か声が聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにした。
報酬を数えながら歩いた。
今日も多かった。すごい金額だ。
この世界では、回復魔法にそれだけの価値があるんだろう。
聖職者が独占して、金を取り続けてきた。需要があって、供給がなかった。
ましてやこの世界にはないであろう美容整形という副産物。
予定より早く金は集まりそうだ。
「…それにしても多いよな。」
不思議に思ったが、悪いことではない。
俺は懐に金を収め、少々上機嫌で屋敷へ向かった。
投稿遅くなってすみません!本日からまたがんばります!




