第十二話「冒険、してみます。」
食堂を出たあと、ギルドに行った。
リーゼに話すと、少し間があった。
「冒険者として依頼を受けたい」
「……お前が」
「ああ」
リーゼはしばらく俺を見た。
何かを言いかけて、やめた。
「分かった。初心者向けの依頼を紹介する」
紹介されたのは、領内近郊の草原に出るゴブリンの駆除だった。
「三体程度だ。報酬は少ないが、死なない程度には安全だ」
「死なない程度」
「そうだ」
その言い方が少し引っかかったが、まあいい。
やってみなければ分からない。
草原に着いた。
風が吹いていた。草が揺れていた。静かだった。
平和な景色だった。
……いた。
三体のゴブリンが、草の陰から出てきた。
思ったより小さかった。腰くらいの高さだ。こんなものか、と思った。
その油断が、最初の失敗だった。
一体目が跳んできた。
剣を抜いて、払った。当たった。
切るではなく、ただ当たった。
二体目が横から来た。
当たらなかった。腕を引っ掻かれた。
「——っ」
痛い。普通に痛い。
三体目が足に噛みついた。
「いっ……」
剣で叩いた。離れた。一体目がまた来た。
気づいたら、三方向から来ていた。
剣を振り回した。なんとか切り傷をつけられた。
腕に、肩に、脛に、傷が増えていった。
じわじわと痛くなってきた。
一旦下がった。
光を当てた。傷が消えた。
また向かった。
また引っ掻かれた。
また治した。
また向かった。
これを、数回繰り返した。
何度目か、ようやく一体が動かなくなった。
次の二体も、同じように繰り返しながら、どうにか倒した。
草原に座り込んだ。
空が青かった。
体は全部治してある。傷はない。
でも疲れた。ひどく疲れた。
剣で動くものを切るのがこんなに大変だったとは。
「……なあ」
『はい』
「回復魔法って、こんな頻繁に使うことないよな」
『回復魔法は本来、魔力の消費量は膨大です。この戦い方では魔力が枯渇した時には死を意味します。』
「だよな」
立ち上がった。
証明のため、ゴブリンの耳を切って袋に入れた。
帰った。
ギルドに戻って報酬を受け取った。
数えた。
「少ない。回復魔法なら三分で稼げた額だ」
独り言が出るほど虚しかった。
俺はしばらく硬貨を見た。
でも今はこれしか方法がない。
また明日やろう。
そう決めた。
三日が経った。
まだ視察団が来る追加情報はない。
毎日草原に出た。毎日ゴブリンと戦った。
毎日引っ掻かれた。毎日治した。
少しずつ、動き方が分かってきた。
でも効率は悪かった。
傷を治すたびに魔力を使う。
魔力が減ると動きが鈍る。
動きが鈍るとまた傷を負う。
悪循環だった。
「……なあ」
『はい』
「俺、回復魔法しか使えないのか」
少し間があった。
『応用は可能です』
俺は止まった。
「どういうことだ」
『回復魔法の原理は、生体組織への干渉です。治癒の方向に使えば回復になる。しかし干渉の方向を逆にすれば——』
「壊せる」
『はい。組織を急速に変性させる、膨張させる、あるいは崩壊させることが理論上は可能です』
俺はしばらく黙った。
人体を壊す魔法か。
治すのと同じ原理で、逆方向に使う。
……少し、気持ち悪い感じがした。
でも、まあ。
ゴブリンだし。
「試してみる」
『注意点があります。制御を誤ると自分に返ってきます。最初は小さな出力で——』
「分かった。やってみる」
翌日。
草原に出た。ゴブリンが来た。
剣を抜かなかった。
AIに聞きながら破壊魔法の構造を理解した。
手のひらに魔力を集めるまでは一緒だ。
集まる魔力はいつもと反転させるイメージ。
収束した光はいつもの明るい色ではなく黒い光となった。
ゴブリンに向けて、放った。
黒い光がゴブリンに当たった。
一瞬、何も起きなかった。
次の瞬間、ゴブリンの腕が吹っ飛んだ。
「……お」
もう一体に向けた。放った。
今度は頭が爆発した。
「……すごいな」
『出力の制御が重要です。現時点では威力が不安定です』
「でも使える」
『はい』
俺は少し笑った。
回復魔法で人を壊す。なんか変な話だった。
意外と回復魔法って応用が効きそうだな。
それからの三日間は、明らかに楽になった。
ゴブリンが来る。黒い光を放つ。終わる。
傷を負うことも減った。魔力の消耗も抑えられた。
依頼の数をこなせるようになった。
このまま続ければ、なんとかなるかもしれない。
だが残りの時間は有限だ。
そう思い始めた頃、リーゼに呼ばれた。
「順調じゃないか」
「まあ」
「次の依頼を紹介する」
リーゼが紙を出した。
「ボブゴブリンの集落だ。領境近くに居着いている。通常のゴブリンより大きく、群れで動く」
「何体くらいだ」
「十体前後と思われる。ただし——」
リーゼが少し間を置いた。
「人間が囚われているという噂がある。数日前から農村の女が数人、行方不明になっている」
俺は黙った。
「救出も含めた依頼だ。報酬は今までの五倍になる」
「……」
「無理にとは言わない。ただ、お前ならできると思って声をかけた。目標に向けて金も必要だろ」
リーゼが俺を見た。静かな目だった。
俺は紙を受け取った。
帰り道、ずっと考えていた。
ボブゴブリン十体。
一人では、厳しい。
かといって、誰かに頼むのか。この状況で、誰に。
どうするか——
ギルドの受付の前を通り過ぎようとしたとき、声が聞こえた。
「ボブゴブリン討伐と行方不明者の探索依頼、私たちで受けられますか?」
足が止まった。
振り返ると、受付の前に三人の女が立っていた。
冒険者パーティか。
受付は答えていた。
「この依頼は難易度が高めです。行方不明者の救出も含まれていますので、あなた方のランクではちょっと…」
「その行方不明者の中に私の友達がいるかもしれないんです!」
「そう言われましても…」
やりとりを他所に、俺は少し考えた。
同じ依頼だ。
単独では厳しい。
向こうは三人で依頼を受けられない。
ならば——
「すみません」
声をかけた。
三人が振り返った。
俺を見た。
一瞬、全員の顔に「誰だ」という表情が浮かんだ。
「その依頼、ギルド長から直々に頼まれたんですが、一緒にやりませんか」
沈黙が続いた。
三人が顔を見合わせた。
その顔は、三者三様だった。
見知らぬ男が女の集団に突然声をかけてくる。
怪しいに決まっている。
最初に動いたのは、一番前にいた女だった。
剣を帯びている、剣士だろうか。
明るく活発そうな女だ。
「いいんですか!? ぜひお願いします!!」
即答だった。
俺は少し驚いた。
「アリア、ちょっと待って」
後ろから声がした。
小さい女だった。
耳が猫のように尖っている。
獣人か。
腕を組んで、警戒した目で俺を見ていた。
「あなた、何者。なんでギルド長があなた1人にその依頼を話したの。強そうにも見えないし、おかしくない?」
矢継ぎ早に言った。警戒心が目に見えていた。
「俺はレイン。この領内に住んでいる。金が必要で依頼を探していた。一人では難しい依頼だから、誰かと組めないかと思って声をかけた」
「……ふーん」
猫耳の女——ミーシャとアリアが呼んでいた。
ミーシャは俺を上から下まで見た。
「嘘はついてなさそうだけど……なんか怪しい!」
まだ疑っていた。
三人目の女は、二人の後ろでぼんやりと立っていた。
長い髪。杖を持っている。目が半開きで、何を考えているのかよく分からない。
「……魔法、使える?」
静かな声だった。
俺は少し驚いた。
「…使える」
「この子は我らがアイドル!リリちゃんです!」
とアリアが紹介した。
「……気になる」
それだけだった。
アリアが「リリが気になるって言ったー!」と跳ねた。
ミーシャが「ちょっと待ってよまだ決めてない!」と言った。
リリはずっと俺を見たままだ。
俺はその様子を見ながら、少し思った。
なんか、賑やかになりそうだ。




