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白梅荘顛末記  作者: まふおかもづる
第四章  月見酒と乙女

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第二話  精霊馬(二)


「大吾くんね、すごかったよ。僕が初めて彼と会ったのは確かあの子が十歳の頃だったかな。もうね、第一印象が最悪」


 なんですと? 多々良が浜限定だけど誰もがほめたたえるスーパーイケメン御曹司とやらだったらしい祖父の子ども時代は違っていたということだろうか。嵐太郎は甘チャラ顔を思いっきり(しか)めた。


「もうね、すんごく生意気なの。可愛げの欠片もない据わった目でじーいっと睨むんだよね。――あんたが例のタブーを破ったとかいう当主崩れの藪医者か、とかなんとかこちらを見下すわけ。ちびっこのくせに。無言で」


 いや、嵐太郎さん、無言だったら「例の藪医者か」とか口に出してないし、腹の中でそう思ったのかどうかも分からないんじゃ……やだこの人、思いこみ激し過ぎる。


「初めて会ったときの詩織ちゃんがそっくりそのまま同じ目つきだったんで僕、噴きだしそうになっちゃった」


 あははは、今思い出しても笑える、そっくりなんだもん、と細長い体を折り、甘チャラ男はひいひい笑い続けた。相変わらずいやなやつだ。

 笑いの発作をなんとか治めた嵐太郎によると、祖父・大吾との初対面は大巫女の再生直前だったという。


――なぜ昔の当主であるあなたが召喚されるのか。

――大巫女に何が起きるのか。


 乙女たちに(かしず)かれ甘やかされて過ごした後継二代の当主と同様のぼんぼんかと思って()めてかかった嵐太郎を祖父は質問責めにしたそうだ。


「大吾くんはね、単なる当主じゃなかった。もう現れないんじゃないかといわれていた館の主だった」

――おやかたさま。

――わたしのおやかたさま。


 館の主に呼びかける乙女たちの幻影がさらりとうすぎぬのように頬を撫で、消える。


「詩織ちゃんにとってどんなおじいちゃんだったのかは知らないけど、大吾くんはすごかった。彼が当主になったころは当主の分家筋が乙女の切り売りに積極的に関わっていたのはもちろん、乙女の中にもそれに加担する者が多くいた時代だからね、白梅荘の内部もぎすぎすしてほんとうにひどかったんだ。その状況をひっくり返すのに」


 嵐太郎はほんの少し、躊躇した。


「乙女を減らせばいい――大吾くんはそう考えた」


 嵐太郎は苦笑し、窓の外を眺めた。


「なかなか思いつかないよね、乙女を減らそうだなんて。自然に減っちゃったり、親が娘を差し出さなくなったりしてたけど、乙女契約を解除しようという発想にはなかなかならない。仮に思いついても白梅に反対される。白梅は乙女がたくさんいるのが好きだからね。実験しやすいし。でも大吾くんはそこを『おやかたさま』として、乙女と白梅の主として乗り切った。聞くところによると強権発動したみたいだね」


 それだけじゃない。嵐太郎は語り続けた。


「東京の大学で学位をとった。しばらく役人として働いて人脈を作った。事業を立ち上げて成功させた。僕が売り払った土地や建物を一度買い戻して――政財界の大物に売った。避暑地として。白梅荘を建て替えたのもそのころだ。駅にも浜にも浜にも近いここは、当時サロンとして機能していたわけ。そうやってこの地に働き口と人脈を呼びこんで白梅荘の内側外側双方文句のつけようのない状態にした上で彼は――乙女契約をどんどん解除していった」


 あの抜き針の儀を。何度も執行したのか。


「ものすごく強引だったけど、でも切り売りしようにも商品がないんじゃどうしようもないでしょ、という状態に持って行ったわけ。同時に地元の信頼も回復した。それでも」


 嵐太郎は両手で顔を覆い、しばし後に呟いた。


「こうやって昔のことを持ち出してくる輩がいるんだねえ。詩織ちゃん、川向こうさんはおりんちゃんが手に入らなければ――」

「ええ。過去の乙女切り売りをスキャンダルとして持ち出すでしょう」

――じゃあ、どうする?


 いつもの挑むような目つきではない。嵐太郎には策がないのだ。老獪なこの人ですら打開策が見えない状況なのか。


「多少強引でも乗り切るほかありますまい」


 顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑した。


「――それでさ、僕の弟子、どうなっちゃってるの?」


 そこに戻るか。しばらく考えたくないんですがね。

 仕方ないのでこれも話して聞かせた。記憶力も異能覚醒で以前と比べものにならない。高精度に再現できる、つまりくっきりはっきり微に入り細に入り思い出せるのが今は(しゃく)(さわ)る。


「――なるほど。なんとなく、詩織ちゃんだけ無事に帰ってこれたのがなぜか分かる気がする」


 てっきり「振られた」だのなんだのと茶化されいじられ「励ましたつもりだよーん」などとごまかされるものとばかり思っていたので真剣な表情で考えこむ目の前の嵐太郎の様子は意外だった。


「詩織ちゃんさ、もしかして五木くんのこと怒ったりしてるわけ?」

「いいえ、ちっとも」


 嵐太郎はびくり、と体を震わせた。


「うお、怖。――あのさ、五木くんが元の婚約者に会いに行ってると思ってたりする?」

「違うんですか」

「いや、だってさあ――七十年も経って今更?」

「今更ってあなたがそれをいいますか」

「えええええ? 僕のおりんちゃんに対する思いのどこが今更かな? 百八十五年経っても変わりなくごうごうと燃えつづける愛の炎だよ?」


 ねちっこい溶岩流みたいだが。


「――詩織ちゃん、混ぜっ返すのやめようよ。危うくおりんちゃんへの熱い思いを小一時間ほど語っちゃうところだったよ」

「先ほどくどくど聞かされたのでもうやめてください」

「くどくどって――まあ、いいや。あのね僕はね、五木くんが元婚約者に会いに行ったとは思ってないんだけど、それはちょっと()いとくよ」


 なんだかなあ、後を引きそうで心配だよねえ、などとぶつくさこぼし、嵐太郎は腕組みした。


「川向こうさんは精神干渉の異能者じゃない、……香水でマスクされた苦いにおいの物質、……」


 眉間を指でも見ながらぶつぶつつぶやいていた嵐太郎が顔を上げた。


「詩織ちゃんは途中で気が遠くなったり、体調が変化したりしてないんだね?」

「ええ。――あ」

「何?」

「体調の変化かどうか――川向こうの盟主から変なにおいがするのでずいぶんイライラしました。そういえば、あの男が去った後、気づいたら全身じっとりと冷たい汗をかいていて、寒気が長時間――」

「何日? 何日経ってる?」

「え?」


 しまった、と嵐太郎はがしがしと髪を掻き毟り、地団駄を踏んだ。


「すぐに採血してデータを取っておくべきだった。もう代謝してるか――蓮見の後、白梅に血を吸わせてないよね?」

「――ええ」

「一時的な記憶障害はない?」

「ないと思います」

「僕ね、川向こうさんが精神干渉の異能を遣ったと思っていたんだ、ずっと」


 嵐太郎の場合はイライラするのではなく、むかむかと気分が悪くなり居ても立ってもいられない感じがして、逃げ場がないのにそこだけぽっかりと道が開けている。その開けた方へ自分の意志と関係なく進んでしまったと感じたらしい。


「ちょっと不思議なのは、体と心がばらばらになったこと。そのぽっかり開いている道に足を踏み入れたくないのに、体は勝手にふらふらと引き寄せられたんだよね。で、気づいたら川向こうさんのおうちにいたわけ。時間の感覚も変だったし、てっきり川向こうさんがレベルの高い精神干渉の異能遣いで幻を見せているんだろうと思ってた。周平くんと話したときも同じこといってたし」


 異能者でないというのも本人がいっていただけなので疑おうとすればいくらでも疑えるが、少なくとも精神干渉の異能は使えないと思う。


「どうしてそう思うの?」


 と嵐太郎が尋ねるので、しゅばば、と探索子の付いたケーブルを放射状に展開した。


「うわ、わわわわ」


 断りなく展開したのはわざとだ。嵐太郎は私の身体の周りでにょろにょろふわふわ浮遊する探索子を目で追っている。やはり思ったとおり同じ精神干渉の異能を持っているとこれが見えるのだ。


「――すごいね、千手観音みたいだ」

「そんなありがたいものではありません。川向こうの盟主はこれが見えていませんでした。――このように」


 厨房に傷をつけるわけにいかないので若干手加減をしながらびし、と探索子で床を叩く。


「地面を叩いて土ぼこりを立てて初めて、探索子の存在に気づいた様子でした。同じ精神干渉の異能持ちであれば最初からこれが見えるはずです」

「なるほど。じゃあ、詩織ちゃんのいうとおりあれは精神干渉じゃないんだ。するとあの家にはある種の幻覚剤のレシピが伝わっているんだな、きっと」


 白いパナマ帽の向こうから油断なくこちらをうかがう川向こうの盟主のじっとりした目つきを思い出した。


――嵐太郎さんも、周平さんも、先ほどの五木さんにも効いたんだがねえ。


 ハイブリッドコードキャリアだけに効く幻覚剤か。


「私には耐性があるということでしょうか」

「いや、違う。耐性がないからイライラしたし、体調も変化した。僕らと詩織ちゃんの違いは、嗅覚だ」

「――におい」

「うん。僕には甘ったるい香水のにおいは分かるけど、香水でマスクされた苦いにおいというのは感じられなかった。詩織ちゃんは嫌なにおいだと感じて鼻や口を押さえたんじゃない?」


 確かに。途中から鼻と口を押さえた。それで摂取量が少なくなって効き目が薄かったのか。


「詩織ちゃん。みんながみんな同じ感覚でないかもしれないし、記憶の残り度合いも異なるだろうから断定はできないけど、五木くんね、多分自分の身体をコントロールできない状態になっていたんだと思うんだ。僕がこんなことをいうのはお門違いかもだけど、五木くんのこと、信じてあげてほしい」


 そして嵐太郎は


「パパからのお願い」


 くねくねと奇妙なポーズを作った。


「なんですかその『パパ』ってのは。そしてくねくね気持ち悪い」

「酷っ。僕って詩織ちゃんの養父でしょ? 遠慮せずにパパって呼んでくれていいんだよ? そして『気持ち悪い』ってのはやめよう。さすがに傷つく」


 白梅荘の当主として梅田姓を名乗るためだけの養子縁組なんであって、自分より見た目の若い父親は不要だ。


「それに、信じるも信じないもないです。ケイさんの乙女契約は解除されていません。いずれ帰ってくるでしょう」

「あー。……そうね。なんか詩織ちゃん、目が据わってるしその探索子とかいうのがぶいぶいしてるし、ちょっと怖――いえ、なんでもないです」


 おかずに茄子入れないでね、などといい捨てて嵐太郎は厨房からそそくさと去った。



 大きい人は自分自身の足で出て行った。ただ乙女契約が解除されていない、その一点だけが白梅荘と大きい人をつなぐよすがだ。大きい人の心に埋めこんだアンカーの信号は敢えて探っていない。近くにいない。いるわけがない。


――信じてあげてほしい、か。


 まるで私が大きい人を信じていないみたいだ。いわれて初めてそうなのかもしれないと思った。


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