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白梅荘顛末記  作者: まふおかもづる
第四章  月見酒と乙女

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第一話  精霊馬(一)


 日々、飛ぶように過ぎてゆく。ケイさんの不在は意外に静かに受け入れられた。

 あの蓮見の日。

 姿、仕草、あどけない幼子そのものの様子なのに、小梅は帰宅した私を一目見るなり涙ぐみ、そしてしょんぼりと階段を上っていった。探しに行くと、みちるさんの居室でも、普段寝起きしている私の居室でもなく、ケイさんの部屋のドアの前にしゃがみこんでいた。真知子さんお手製の丈の短いワンピースの裾がまくれ上がり、ひまわりパンツに包まれた愛らしい尻が丸出しになっているのにもかまわず、眉根を寄せて顔を厳しく顰め、唇を尖らせ誰もいないドアの向こうを睨みつけていた。その後普段通り機嫌よく目覚め、大いに食べ大いに笑い、たっぷり眠る合間に大人たちを振り回す小梅の日常は変わらなかったが、ふと姿が見えなくなることがある。そんなとき小梅はケイさんの部屋の前でしゃがみこんでいた。真知子さんもお久さんも何もいわなかった。


 師弟関係にある嵐太郎だけは違った。私の様子をうかがって数日はおとなしくしていたんだが、我慢できなくなったらしい。ある日、厨房で嵐太郎に捕まった。


「五木くんは帰ってこないの?」

「そんなに私の作る食事に不満が」

「そう、おいしくないよね! ――そうじゃなくって、でもおいしいとはとてもいえないよね。いやその、詩織ちゃん、質問に答える気ある?」


 甘チャラ男の勇者っぷりったらかなりのものだね。シーズン終了後も手段を講じて茄子責め決定だな。そして質問に対してめんどくさい、と目で語ってみた。意外にこの「めんどくさいんだよ、うざったいんだよ」の顔は効いたらしい。


「――僕で役に立つこと、あるかなあ」


 甘チャラ男の殊勝な言葉を引き出した。面倒だとか何とか思っていても結局、この五代前の当主の希望通りに蓮見の日何があったのかを詳細に話して聞かせた。


「獣化兵士と不死化、か。ダイレクトに迫ってきたね」


 甘ったるく美しい顔を厳しく(ひそ)め、嵐太郎はつぶやいた。

 

「はて、困ったね。獣化兵士の件だけであれば『乙女探してまーす、今やってまーす』とかなんとかごまかしてあの川向こうさんが老衰でぽっくり逝っちゃうのを待つって手もあったんだけど」


 せいぜい長くてあと二十年もないでしょ、あの人さえいなくなれば瓦解(がかい)しちゃうようなグループなんだし、と細い指で顎をさする美青年はさらりと剣呑(けんのん)なことをいう。

 二十年。長命のこの人からするとさして長い年月でもないのだろうか。


「代わりに大巫女をよこせ、か。問題はそこだよね」

「いえ、その点については問題ありません」

「え?」


 嵐太郎の顔色が変わった。心の表層が、岩塊のような球面が一気に液状化し、煮え(たぎ)る。いつもののんきな見かけをかなぐり捨て、嵐太郎は私を睨みつけた。


「おりんちゃんを、売るのか」

「そんなわけないでしょう」

「え……?」


 きょとんとして嵐太郎は絶句した。


「あの人たちに小梅を渡したりするものですか」

「え? え? じゃあ……」

「何もしませんよ。こちらが川向こうの盟主とやらの要求を呑まなければならない義理はありません。ただ、千草さんの遺体に関する情報を握っている、あるいは遺体そのものを持って行った可能性がありますので、接触があれば話を聞いてやる、情報を引き出してやる、それだけです」


 嵐太郎は深くため息をつき、長い腕を組んだ。しばし考えこんだ後、慎重に言葉を選ぶ。


「――川向こうさんは、大巫女をよこせば乙女をリクルートして渡さなくてもいい、とはいわなかったんだね」

「ええ」

「困ったもんだ。しかも『乙女よこせ』といえば用意すると思われてるよね」

「どうもそういう節があります」

「出産可能な乙女でしかも美人がいいとかなんとかいってた?」

「ええ。そのとおりの世迷言(よまいごと)を聞かされました」


 ほんと、世迷言だよねえ、と嵐太郎は苦笑した。

 甘チャラ男が生涯かけて追い求めるおりんさんなる人物はみちるさんであり小梅でもある。時間の長さで量るならばなみなみならぬねばっこい愛情を押しつけ続けているわけで、ある意味純愛を貫いている嵐太郎からすれば「若くて子ども産めれば誰でもOK、美人ならなお良し」みたいな物言いは受け入れ難いのだろう。


「――なんだかねえ……。勘違いがあるんだよねえ」


 真夏の日差しの激しさは、明るく激しく照りつけるだけでなく濃い影ももたらす。昔語りを始めた嵐太郎は傷つきやすい魂を抱える繊細な青年にも、辛酸をなめ続け諦めを受け入れた疲弊する老人にも見えた。僕が見てきたのはたかだかここ二百年弱だから、と断りを入れた上で嵐太郎は語った。


「昔はね、もっとたくさん播種拠点があったんだって。それでも女性体に特化した拠点はここくらいだったからね、他の拠点から『乙女をお嫁にください』ってオファーが多かったわけ」


 「島」のような徒歩二日程度の距離の場所もあれば、手紙のやり取りだけで片道月単位の距離にある拠点もあった。そういう拠点の中に


――遠方に嫁に来ていただくだけでありがたい。


 と支度金を用意するところが出てきた。気は心だかなんだかで支度金システムが習慣化され、年月を経てその習慣が由来を無視して独り歩きを始める。いつしか乙女は権力と富を象徴する異能者とみなされ、高額な対価を支払いさえすれば誰でも購える商品と化した。


「僕が当主になったのはね、ちょうどそういう時代だった」


 嵐太郎の前の当主は外部からもたらされる金と権力に溺れた。亡くなる頃にはかなり借金があったらしい。


「白梅は人間社会に疎い。交配実験さえ続けられればそれで構わないと本気で考えているところがある。で、白梅の憑依体である大巫女はというと、こちらは再生でいったん子どもに戻って人格形成もほぼ一からやり直し。このまっさらな状態に」

――乙女を切り売りするのは必要悪だ。

「そう教えこめば、内心嫌がっても抵抗は少なくなる。だから本来は僕じゃなくて白梅荘経営優先で乙女を切り売りできる人間が当主になるはずだったみたいなんだよね。でもたまたまおりんちゃんの再生を助けちゃった僕が刷りこみみたいにかっさらっちゃったわけ。当主の座を」


 しかし乙女の数も減る一方だった。いくら生家に対して少なからぬインセンティブを渡し召し上げたからといって、物のように売り払われるのでは家族もたまったものではない。神の血を継ぐ守人の館はそれなりに重んじられていたが、地元出身の娘たちを金品で売り払うような事態をいつまでも隠しておけるはずもない。異能の発現した娘を神の守人に預けようとする親は少なくなり、だんだんと乙女の数も減っていった。

 嵐太郎は先代が遺した借財を、土地を売り払うことでなんとか整理しようとした。乙女が減ることで住居と土地を売ることができるようになったのは皮肉なことだ。


「僕が当主の座にいられたのはたかだか十年にも満たない期間だったんだけど、それでも乙女を売ってほしい、乙女を売る伝手(つて)を紹介しよう、みたいな話がやたらあったんだよね。でもね、なんとか借金を整理する目処(めど)がつきそうだったし、ぜーんぶ断ってたの。そしたらさあ」


 「成り行きだ」というけれど二十歳にもならない若者が当主の座につき、周囲の反対を押し切って土地建物を切り売りし乙女を守って見せたのだ。見かけによらず剛腕だったに違いない。


()められた」


 両手で顔を覆い、ごしごしとこするような仕草をして嵐太郎は厨房の床の一点を(うつ)ろに見つめ、ぽつりとつぶやいた。


「若かったからね、脇が甘かった」


 再生後、短期間で見かけは十六、十七歳ほどの少女の姿に成長した鈴子(りんこ)と名乗る大巫女とは、再生直後の幼児の頃はともかく、一年もすると大きく育ちほとんど接点がなくなってしまったらしい。妙齢に至る直前の少女に育った大巫女は反嵐太郎派の乙女たちに世話をされ、館の奥深くで過ごしていた。たとえ当主であっても異性とは御簾(みす)越しに乙女を介し会話するのが当時の習わしだったのだとか。江戸時代の話とも思えない。リアル平安王朝絵巻か。

 土地を売り払う交渉に奔走し、乙女を売れという有形無形のプレッシャーをはねつけ、疲れ切ったいつもと変わらないある夜更け、大巫女から呼び出された。時刻が時刻だけに首をかしげた嵐太郎だったが、東奔西走して白梅荘に腰を落ち着ける暇すらない忙しさだったので、用があっても話もできなかったか、と深く考えず呼び出しに応じたのがいけなかった。


「いつも通り大巫女の部屋の前、濡れ縁で御簾に向かって挨拶してさ。側に控える乙女に『どのようなご用件で』なんて言伝(ことづて)を頼んだりして。今じゃ考えられないめんどくささだよね。その夜に限って、酒なんか出てきちゃってさ」


 御簾越しに「このごろはどうじゃ、と(おお)せです」「ええ、まあ、なんとか持ち直すよう頑張ってますよ」みたいな当たり障りのない話を乙女を介して伝言ゲームのようにやり取りしながら、勧められるままちびちび酒を呑んでいたという。


「今思うとその酒に何か仕込まれてたんだよね。気づいたら、素っ裸でおりんちゃんと同衾してた」

「どうきん?」

「うーん。同衾って分かんない? 一緒にお布団に入るって意味だけど」


 あ。あー、そういう……あー。お肉のぶつかり的アフェアのことですか。


「大昔は違ったらしいんだけど、当時はね、そういうのタブーだったの。ほら、乙女は売り物っていう時代だからさ、当主は手をつけちゃいけないわけ」


 二代、三代と時を経ると、記憶は元の姿をとどめなくなる。理由があってつくられた決まりもただ習慣だけが残り、何のためにそうするのか、始まったころは大切に共有されていたはずの情報が抜け落ちてしまう。

 当主が乙女と交配せず、白梅荘の外でより広くハイブリッドコードを播種するよう定められたことと、乙女の切り売り、どちらが早かったのか、今となっては分からない。年月を経て、まず決まりありきになってしまった。


「嵌められた結果だったけれどああして思いを遂げたこと、僕は後悔していない。でも土地を売り払って借金を整理したのも、乙女を守ったのもすべておりんちゃんのためだったのにそれがねじ曲がってしまって、結局おりんちゃんを苦しめてしまったのが悔やまれる」


 禁忌を破ったことはすぐに露見した。


「即行クビになったよ。すぐに次の当主が選ばれたらしいけれど、どんな人なのかは知らない。乙女の切り売りが再開したらしいって僕の(ねぐら)にまで噂が聞こえてきた。次におりんちゃんに会ったのは何十年も経ってから、次の再生のときだった。やっと会えたそのとき、僕のおりんちゃんはもう祠の中で冷たくなってた」


 美しい青年の姿を保つ五代前の当主。きっと直接言葉を交わすこともかなわない恋人のために当主として東奔西走していた頃そのままの姿なのだろう。


「何がいいたいかというと、結局こうしてあっというまに元の木阿弥(もくあみ)になっちゃったって話なんだよね。あとから聞いたら新しい乙女を遠くから連れてきて人数も微増してたみたいだし。こんなひどい状態を変えたのが詩織ちゃんのおじいちゃん、大吾くん」

――こんなの、おかしい。

――絶対に、赦さない。


 幼い祖父の瞳に宿った(くら)い炎を思い出す。



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