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白梅荘顛末記  作者: まふおかもづる
第一章  白鱚と乙女

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第十四話  乙女(二)

 雰囲気が和んだところで解放されると助かるのだが、そうもいかない。どちらかというとこちらのほうが本題だ。私は来客の件を報告した。


「報酬――ね」


 みちるさんは顔をしかめた。


「確かに理沙嬢は美少女で心惹かれるのは分かるんですが子どもです。子どもにそんな――」

「そうね」


 私のことばをみちるさんはさえぎった。


「あの議員先生の好みじゃない。――そう思ってたんだけどね」


 みちるさんは冷めかけのコーヒーを一口飲んだ。


「詩織ちゃん、乙女って何だと思う?」


 カップ越しにみちるさんがこちらをじっと見つめる。瞳に混沌と深淵が青い炎となって宿ったように見えた。思わず瞬きをしたのだけれど、もう一度ちゃんと見ようと思ったときにはその炎はなくなっていた。気のせいだったんだろうか。


「えっと、確かおば様、千草さんが認めた人が乙女だと。初日にそううかがったんですがつい最近祖父からちらっと聞いたのを思い出して――」

「おじい様、大吾様ね。なつかしいわ。おじい様は乙女について何とおっしゃったのかしら」

「異能を――目に見えない要塞で悪い人をはねのけたり、魂を惹きつけていうことを聞かせたりする力を持つ人だと」


 みちるさんはうつむいて黙りこんでしまった。


「きっと祖父の冗談か、私の記憶違いか――」


 おとぎ話じゃあるまいし――そう一蹴されるものとばかり思っていたのだが違った。


「大吾様のおっしゃったとおりよ」


 みちるさんの表情は真剣だった。


「ここ多々良が浜には知恵者と呼ばれる土地神と乙女の伝説があるの。大昔、知恵者がやってきた。知恵者は人々と交わり、神の子である乙女が生まれた――」


 知恵者たちは神々の国に帰ったが、多々良が浜に残す乙女たちと約束したのだという。いつか必ず帰ってくる、それまで知恵者の血統を守るように、と。その乙女の子孫の中に知恵者の力を持って生まれるものが現れることがある。多々良が浜では子どもに知恵者の力が備わっていることが分かると乙女として白梅荘に差し出すのが習わしとなっていたのだという。


「うわあ、神話っぽいですね。でも八百万(やおよろず)の神様とは雰囲気が違うような――」

「当然よ。おとぎ話じゃなくてほんとにあったことなんだから」

「はい?」


 まじまじと向かいのみちるさんの顔を見つめてみたがいくら待ってもいっこうに「なーんてね!」みたいなドッキリ的フレーズが出てこない。


「ちょっと、どん引きしないでくれる? にわかには信じがたいと思うけど」


 呆れた表情でみちるさんが説明を始めた。少し前の自分だったら信じられなかったと思う。でも異能が実際に存在することを身を以て知った今は事情が違う。



 知恵者と呼ばれる人々は外の世界からやってきた。いずれ滅亡する運命にあった彼らは、進んだ知恵の力で新天地を求め旅していた。温度、気候、生物多様性。ここは人が住み栄えるのに適していた。しかし知恵者の種族はその脆弱性ゆえにこの地の汚濁に耐えられなかった。汚濁を取り去り知恵者の住める土地にするか、知恵者たち自身がこの地に住めるよう適応するか、いろいろと試し検討したが、結局知恵者たちは土地に手を加えるのをやめた。汚濁の除去があまりに果てしなく膨大な作業の連続であるからだけでない。先住種族がそれをいやがって抵抗したからだ。

 そこで知恵者は環境に適応することを選んだ。先住種族と競合するのでは環境耐性の低い知恵者たちはすぐに滅ぼされてしまう。だから共存するために交雑種、ハイブリッドチルドレンを創ることにしたのだという。もしかしたら知恵者も知らない遠い遠い昔、かれらは同じ種だったのかもしれない。単なる交雑そのものは可能だった。しかしできあがったハイブリッドチルドレンは人数が少なく、遺伝的に先住種族に近かった。環境耐性は高くても、短命で攻撃性が高く文明を維持するのが難しい、そう知恵者たちは判断した。そこで環境耐性の高さを維持したまま好ましい遺伝形質を獲得したハイブリッドチルドレンを創り出すため各地に実験拠点が設けられた。

 こうして「播種(はしゅ)計画」が開始された。

 「播種計画」の第一段階は、知恵者種族の滞在時に果たせなかった望ましい遺伝形質創出から、わずかなハイブリッドチルドレンの持つ知恵者遺伝形質を拡散するものに代わった。第二段階は、各拠点にマッピングされた実験計画に沿って統計的に有意な結果が出るまで交配実験を自動的に繰り返すことになった。最終段階では、必要十分に育成されたハイブリッドチルドレンを知恵者たちが迎えに来て改めて結ばれるのだとされている。

 「播種計画」第一段階開始後すぐにハイブリッドチルドレンは滅びた。しかし子孫である知恵者遺伝形質をもつ人々、ハイブリッドコードキャリアが遺された。ハイブリッドコードはキャリアが先住種族である人間と交配することによって薄まりながら播種を続けている。


「ハイブリッドコードはただ播くだけでなく、望ましい遺伝形質をもつハイブリッドコードを優先して播種するための工夫が施されたの」


 話が長くなりそうだ。私はポットのコーヒーをみちるさんのカップに注いだ。目もとを淡くゆるませみちるさんは「ありがと」と小さく礼をいった。


「播種についての工夫というのは――」


 工夫の第一は、ハイブリッドコードの暗号化だった。

 導入当初は先住種族の文明が進歩していなかったが、知恵者たちはいずれハイブリッドコードが解読される可能性があると見越していたらしい。このコードを暗号化することによって彼らが何を隠したかったのかは不明だという。しかし確かなのはこの暗号化によってハイブリッドコードが不規則に遺伝することだ。つまり直系で連続して発現しないケースが多い。

 次に、制限だけでなく知恵者たちは先住種族に対してインセンティブも設けた。それが異能だ。

 この異能の発現は先住種族にとって魅力が大きかった。「播種計画」拠点付近の神話伝説のたぐいは初期のハイブリッドコードキャリアをモデルにしたものが多い。実験拠点ごとに神話がつくられた。白梅荘の場合は神懸かった能力を持つ乙女が知恵者の帰還を待つという伝説だ。

 ハイブリッドコードキャリアの異能は遺伝するがどういったかたちで操作が行われたのか、この技術も秘匿されたまま失われた。しかし異能力を引き出す機能は各拠点の実験記録装置に搭載されている。拠点内で生まれたキャリアの能力は出生直後から、拠点外で生まれたキャリアは実験記録装置との契約を機に能力を引き出される。


「異能力は、一個体の生命力を十全に発揮した場合の値を割り振ることにより引き出される。寿命のいくばくかを異能力や生殖能力に割り振るらしいの」


 この個体ごとのマッピングや実験記録装置が関わらない場合の発現時期も不規則だ。大まかなところでは、異能の数、能力の強さ、生殖能力、寿命が一定のバランスを取っているらしいと推測されている。


「『播種計画』は拠点ごとにテーマが設けられ、それに沿った実験がマッピングされているの」

「白梅荘は『播種計画』拠点のひとつなんですね?」

「ええ」


 ハイブリッドコードキャリアそのものは数が少ないながら男性体、女性体半々の確率で生まれる。しかし女性体の不妊率が高い。この白梅荘における実験のテーマは女性体のハイブリッドコードキャリアを殖やすことだという。


「それで乙女――白梅荘では女性体のハイブリッドコードキャリアが多いんですね」

「そういうこと。担当地域にいる異能が顕現したハイブリッドコードキャリアを引き取るのも『播種計画』拠点のだいじな務めのひとつよ。だから計画している実験とは関係なく男性体の乙女も昔からいたわけ。白梅荘の当主は乙女とは限らないんだけど、多々良が浜に分家として散らばっている当主の親戚で異能が顕現している人が選ばれることが多かったわ。ハイブリッドコードキャリアが減ってきているから異例もあるけど」


 疑問を覚えた。私に異能が備わっていることをみちるさんは知っているんだろうか。荒唐無稽だが今の話がすべて事実だとすると「播種計画」拠点である白梅荘には乙女の異能を強化する実験記録装置が存在することになる。あの突如蠢いた白梅の老木がそうなんだろうか。そんな疑問がみちるさんのことばで吹き飛んだ。


「乙女というのは『播種計画』、人体実験の被験者よ」


 みちるさんの表情が曇る。

 ハイブリッドコードが薄まりながら拡散したため異能のレベルは代を重ねるごとに低くなっていった。それだけではない。時代が下り、貨幣経済が浸透するにしたがって異能の神性が対価として見合わなくなってしまった。


「知恵者の力を持つ子どもが乙女として差し出されるとき、白梅荘から家族へインセンティブとしてそれなりのもの、契約金が支払われたの」


 異能力を引き出され、出身家庭にインセンティブが与えられることと引き替えに実験記録装置に生涯生体データを取られ続ける。


「成功率の低い交配実験を優先するために結婚や出産の自由もなく、その遺体も分析のために実験記録装置に捧げられる――それが『播種計画』の被験者、乙女なのよ」

「そ、そんなことが現代の日本で――」

「昔は乙女を支度金と交換に嫁に出していた――そんな時代もあったそうよ。例の代議士先生はどこかでその話を聞いたのね。骨折りの分、何か得てしかるべきと考えたのかしら。それで報酬なんていい出したのかも。困ったものだわ……」


 語り終えてみちるさんは沈んだ面持ちであらぬ方を見遣った。


 理沙嬢はもともと強すぎる異能をもてあましていた。学校や自宅周辺で身の危険があっただけでなく、そもそも異能をコントロール可能な状態にするために白梅荘で乙女契約を結んだのだという。しかし期待に反して乙女となって以降、理沙嬢の異能は強くなる一方だった。


「乙女契約を結んだのが第二次性徴直前で身体が不安定だったからかもしれないわね」


 ふと、封の解けた記憶が心の奥底から浮き上がってきた。


――異能を手放したいと願う乙女がいたら、詩織はどうしますか?


 私の頭を撫でるごつごつとした大きな手。低く穏やかでまるい声。


「異能を乙女から剥がしとる方法があると祖父から――」

「ないわ、剥がしとるだなんて」


 噛みつくようにみちるさんがさえぎった。しかしはっとして


「大吾様が――もしかして――」


 あらぬ方を見遣っていた目を私に向けた。


「異能は先天的なものだから剥がしとることはできないけれど、契約を解除することは可能よ。大吾様は失われていた乙女契約解除の儀式を復活されたと聞いたわ。そうね、その儀式で――」

「ええ、理沙嬢が契約を解除すれば」


 コントロール不能なほど強化されてしまった異能の、少なくとも強化されている部分は消滅する。そして


「代議士先生のターゲットが乙女でなくなる――報酬として理沙ちゃんを要求できなくなるわ」

「やりましょう、その儀式」


 みちるさんの表情が輝きを取り戻した。さっきまでの不機嫌メガネなんか初めからなかったみたいな開けっぴろげの笑顔で――乙女のリーダー的存在だからとこの人がどれだけ神経をすり減らしているか、私は初めて知った。


――今後は当主である自分がもっとしっかりしなければ。


 儀式の存在は知っていたものの、みちるさんはその具体的な方法を知らないという。科学の進んだ現代でも謎の多いオーバーテクノロジーである実験記録装置がらみの情報だ。当主であった祖父が注意深く隠したかったのも理解できる気がした。


「――ちなみに、ケイちゃんはもともと他の拠点の出身よ。今はもう滅んだと聞いたわ」


 どこまで打ち明けたもんだか、といった態(てい)でみちるさんは肩をすくめた。


「実験記録装置に割り振られたミッションが違うからケイちゃんの異能は白梅荘担当エリア出身の乙女とは違って――そうね、特殊といっていいと思う」

「具体的にどんな――」

「詩織ちゃん」


 みちるさんの目が不思議な光を放った気がした。眼鏡のレンズの反射だろうか。よく見ようと目をこらすとその光は消えていた。


「乙女の異能と年齢について質問しちゃ駄目。マナー違反よ。出身家庭に支払われたインセンティブに関わるし、異能の種類やレベルというのは乙女によってはコンプレックスに結びついている。とてもデリケートな問題なの」


 コンプレックス。

――俺が、怖いですか。

 優しい大きい人を戒める何か、問いただせない何かも異能に関わることなのだろうか。


「もちろん、乙女自らその話をする場合は別よ。今の乙女たちはみんな仲良しだからそんなことはないと信じたいけど、昔は異能の格がどうのこうのと比べたり競ったりする愚か者がいた――と聞いたわ」


 話し疲れたのか、みちるさんの目がしょぼしょぼしてきた。聞きたいことはたくさんある。自分の異能のことも、姿を見せないままうろつく不穏な気配の主のことも相談したかった。でも普段から激務に苛まれるみちるさんを質問攻めにするのがはばかられた。



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