第三十一話 虎落笛(十二)
挑発には乗らないが、敢えて吐き捨てるように答えてやった。
「私が聞きたいのはそういう話じゃない。そんなプランなど実験記録装置、ハイブリッドコードキャリア、異能、こういうことについて予備知識があれば誰でも思いつくことだ。馬鹿馬鹿しい」
「なんだと?」
男の目の色が変わった。
「白梅のご当主、あの蓮池でも感じたが、あなたはどうも変わり種のハイブリッドコードキャリアのようだな。滅魂丹が効かないのか」
そうであればどんなによいか。滅魂丹は私を蝕んでいる。身体の奥がじくじくと痛みはじめた。表情に出さないよう注意する。
「聞けばご当主、あなたはハイブリッドコードキャリアの契約錠を無傷で取り出せるのだとか。もっと早くおいで願うべきだった」
「――やはりおば様の、先代当主の契約錠を抜いたのはお前か」
「開頭手術に立ち会いましたよ。契約錠というのは不思議だ。注意して取り出したのに脳から抜いた途端、砕け散ってしまった」
「――契約錠を何に使う」
本当は知っている。
「ハイブリッドコードキャリアの契約錠はね、滅魂丹の材料なんですよ」
ふふふふふ。ははははは。勝ち誇ったように男が笑う。無反応に聞き流してやった。
「ところでこの滅魂丹、どのくらい残っている? 『島』の在庫はもうそろそろ尽きてもおかしくないはずだが」
「おや、白梅のご当主は『島』の事情にお詳しいようですな。生き残りを二人とも手玉に取るだけのことはある」
男ははっきりと答えない。だからこそ推測が当たっていると感じる。
よし、まだいける。口頭の情報収集はここまでだ。次の一手、さらに先の一手、最後の王手を確実に打つために動けるうちに動かねば。
私はこっそりと探索子を作り始めた。異能を使うと身体の痛みが増す。しかしまだやれる。大丈夫だ。目の前の男にしゃべらせたことの裏付けを、男自身の心から探ってやる。
「もし滅魂丹が残っていないのなら――お前の負けだ。諦めろ」
「なんだと?」
案の定、「負け」という言葉に劇的な反応が見える。
「わたしが誰に負けるというんだね、白梅のご当主」
この男の心の表層。大理石のようなつるりとした表面に生えた夥しい数のプラグ。年月を経て古び、錆びてもなお堅牢な心の入口を象徴する金属製の扉。心の表層にびっしりと取りつけられたプラグがばらばらに激しく上下し、蒸気のようなものがしゅうしゅうと漏れている。緩みかけていたハンドルがぎゅるぎゅると回転し、ばん、と扉が開放される。そこへ探索子をそっと送りこんだ。
表層が重厚で奇を衒い装飾的なのに対して、内部はごくシンプルだ。つるりと摩耗した岩壁に意識の繊維が弱々しく這うだけの風穴に嵐が吹き荒れている。探索子を分裂させて意識の繊維に取りつかせた。一部は赤く濁り泡立つ泉の縁で待機し、情報収集する。
「負けは負けだ、川向こうの盟主とやら。誰に負けているのか、――強いていうならばお前の父親に、だろうな」
この揺さぶりは効いたようだ。風穴の風がより強くなり、泉の水が赤黒く、渦を巻き始めた。
「ご当主、――あなたに何が分かる」
「お前の父親は周到に情報を集め、資金をつくり、戦略を立てた。お前はただ父親の敷いたレールの上をそのまま走っているだけだ」
男の心が怒りで沸いた。
「だから何だというのだ! ――父は確かに周到に計画を立てた。でも何も実現できなかった……! その証拠に、父はハイブリッドコードキャリアをひとりも従えられなかった」
「父親がなし得なかったことが、お前にはできた、と」
「そうだ」
男の心の嵐が幾分収まり、表情に熱っぽい喜びが浮いている。
「ああ、そうだ。父にはできなかったがわたしはやった。周平を、嵐太郎さんをねじ伏せて従えた。あの力ある者どもが、わたしに従ったんだぞ……! あの忌々しい山嵐だって目を離さなければちゃんとコントロールできたはずだ。――そして白梅のご当主、あなたとその小さい乙女も、すべてのハイブリッドコードキャリアはわたしに従わざるを得ない」
「滅魂丹を使って?」
余裕を取り戻した男が私を見下ろし、にやりと嗤った。
「そうだ」
「お前はやはり愚かだな」
男の心の中が沸騰し噴きこぼれる湯のように煮え滾りはじめた。顔が真っ赤だ。怒りを隠せなくなってきている。
「わたしが愚かだというのかッ」
「ああ、そうだ。滅魂丹を単なる対ハイブリッドコードキャリア幻覚剤だと思っているなら、それは違う。これは麻薬ではない」
「なんだと――」
「お前の父がなぜ滅魂丹を使わなかったと思う」
「なッ――。父はわたしに拠点復活の望みを託すために……」
「使うな、といわれなかったか?」
男がびくり、と身体を震わせた。
「獣化異能者が凶暴化したときに使うと聞いたがどうもおかしい。はっきりしたことが分かるまで使ってはならない。――父親にそういわれたのではないか?」
冷や水を浴びたように一瞬、男の心と体の動きが止まった。
「なぜそれを……」
会社員を十年やってれば身につく基本のお局テク、はったりだ。かまをかけたに決まっている。だが表情に出さずにたたみかける。
「そういわれたのにお前は滅魂丹を使い切った」
「製法がちゃんと伝わっているんだ、滅魂丹など、また作ればよい」
「誰の契約錠を使って作る? 私は乙女の館の主だ。乙女の契約錠でなければ抜けないぞ」
「そ、それはあの山嵐の大男とか……」
かかった。
「ああ、あの人はもう白梅の乙女ではない。抜き針の儀式を済ませてきた」
「け……契約錠を破壊したのか……!」
「当たり前だ。儀式は契約錠の破壊を以て終了するのだから」
「な、なんともったいないことを! じゃあ、――む、村尾の、周平の身体にたくさん契約錠が刺さっているだろう、それを使えば……」
「だから、乙女の契約錠でないと抜けないといっている。あの人は乙女じゃない。――それに、なぜ私がお前に協力しなければならない?」
「それは……」
男が絶句した。
「父親から子孫の中で優秀なものを一人選んで計画を引き継ぎ、謎を解明しろとか何とかいわれたのだろうに。年を取って焦ったか、川向こうの盟主とやら」
自分ならできる、若い連中になど任せておけない、でも自分には時間が十分に残されているとはいえない、急がなければ――。
焦りと全能感がないまぜになって本来の目的が見失われたのだろう。全能感はともかく、焦りは理解できる。私の残り時間も少ない。




