第二十一話 虎落笛(二)
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史料を解読したあの夜、ケイさんは忙しなく「島」の記録を目をとおしながらいった。
「新権力側と旧権力側がせめぎ合ってるのがこの記録の改変に影響しているところがちょっと厄介だな」
「厄介ですか」
「まあ……ね。よし、これが最新、第三版の記録だ」
解読は玉葱の皮を剥ぐようにまず新しいところから行った。最深部まで辿り着いて合計三バージョン。
「改変のたびに記録に携わる者の中に疑問を覚えたり、密かに反抗したりした者がいたようだ」
「旧権力側、ということですか」
ケイさんがうなずいた。
「他の拠点ともめたりしたこともあったようだ。一回目の改変はそのもめごとを契機に行われている」
「島」は男性体のハイブリッドコードキャリア創出、獣化異能に特化した技術を持った拠点だ。これは異能として目につきやすくアピール度が高い。今となっては獣化できるからそれがどうした、なのであるが、昔であればこうした外見や変化の特異性が神性の発露として尊ばれたのだろうと想像がつく。「島」は昔、相当に勢いのある拠点だったのだろう。
拠点間のもめごとの原因が何かというと、出生率の低いハイブリッドコードキャリアの取り合いだ。「島」はそうした争いを勝ち抜いて周辺拠点を併呑してきたが、初めて負けたときに記録の改変が行われた。
この初回改変がちょっと気が遠くなるくらい昔である。
初版を廃棄するのではなく、ほどいて紙を入れ替えたり貼りつけたり、余白に「巻物の順番を入れ替えてやったぜ、ヒントはこれな」などと書きこんだりする程度だったようだ。こういうことがバレないわけがない、と私は思うんだけどどうなんだろう。大目に見られたのは、拠点運営のノウハウが失われることのリスクが大きかったからだろう。
この初回改変時に、拠点間抗争の名残りがうかがえる。「島」がいかに祟り神、すなわち知恵者との結びつきが深く重要度の高い実験拠点だったかを念入りに記した文書が加えられているのだ。
「ケイさん、……これ、もしかして」
「うん。書いてあることはてんで違うんだが、第三版の龍人創出話の根拠はこれだな」
初版には、獣化異能者が社会と適合しないケースがあまりに多いため、凶暴化因子の除去を努力目標として掲げてさらなる研究を進める、というような意味のことが書いてあった。龍人について初版には記述がない。しかし発現しないが遺伝子プールに加えられている種として鳥や蜥蜴などがあると記されている。これを根拠にして神性の高そうな動物を加えもりっと誇張してみたのだろう。
ただ明らかに嘘だとわかるためか、事情をよく飲みこめない、暗号や隠されたキーワードを拾えない者へのダミーとして第二版にこの龍人創出話が仕掛けられていた。荒唐無稽な話であるがこれを拾って満足してもらえれば真の情報は安全に秘匿されたままになる。嵐太郎はここに引っかかったわけだが、外部の人間でろくに時間がない中、独りで解読を進めたことを考えれば無理もない話だ。
で、第二版を長期間受け継いで時を経た結果、後世、内部の人間がそのダミーに引っかかったというわけだ。セキュリティって難しい。
拠点間の争いは幾度も繰り返された。しかしただでさえ出生率の低いハイブリッドコードキャリアがしゃれにならないレベルで減少しはじめた、その事実が共有されてやっとおさまった。いがみ合ってる場合じゃないよ、と悟ったわけだ。
その後の「島」は連綿と地方豪族として代を重ねつづけた。近世に至るまで第二版に追加される形で人や物、金銭の出入りやらイベント、疾病などもろもろが記録されてきたのだが、二度目の改変は大掛かりなものになった。
初回改変時は拠点間抗争に負けてトップ人事がまるごと交代だったわけだが、二度目の改変はそうではない。都から遠く離れて中央の政治と折り合いをつけひっそりと代を継いできた「島」は長期間にわたって安寧を享受した結果、役割が固定化してしまった。
どんなに才能のある優れた人材を輩出しようと、その才覚でなく家や一族に割り振られた役割でしか評価されない。要するに努力してそこそこ才能を発揮できるようになっても評価されずそのまま埋もれてしまうということだ。
いっそのことどんなぼんくらであろうと身分の高い家に生まれれば自動的にその職を継ぐ、となっていればまだよかった。実際のところは人数の多い団体のトップがそれでは運営が立ち行かない。
例外があったのだ。「島」は拠点のトップに君臨する管理者にあたる長と、長の補佐集団を中心にして運営されている。長は獣化異能者に対して突出した慰撫能力を持つ女性である。掛け声一発で錯乱状態にある獣化した男複数名を従えられるほどの能力となるとそれだけで異能のようなものだ。ただそんな人材がほいほい見つかるわけがない。だから長の座は空位になることがしばしばあった。
長の不在に備え、拠点の運営そのものは補佐である家令集団が担当していた。だから家令家ではつねづね優秀な人材の囲いこみを行っていた。養子を迎えるというかたちで。
突出した才能を持った子どもが生まれると、いくつかある家令家が争うように奪っていく。養子といえば聞こえはいいが、その子どもが長じていくら権勢を振るおうとも出身一族は潤わない。




