第四話 夜長(四)
しばしそれぞれに物思いにふけった。考えがまとまらない。思いつくまま口に出してみた。
「私たちは憑依体である小梅を通じて白梅とコミュニケートできますが、他の拠点ではどうだったんでしょう」
「ここでは白梅が大巫女に憑依しているのが当たり前になっちゃってるものね」
嵐太郎によると、やはり大巫女システムは普通でないらしい。しかしどこの拠点でも実験記録装置は何らかの方法でハイブリッドコードキャリアに憑依するものなのだそうだ。憑依するといっても、白梅が小梅にぺらぺらと話をさせているような状態ではない。五十音の表や、イメージが直結するような何かを指さしてみたり、その程度なんだとか。こっくりさんなどのオートマティスムみたいな感じだろうか。目の前でぐいぐいウイスキーを呑む甘チャラ男が意志に反してのろのろと五十音順のひらがな表の上で指をさまよわせるさまが脳裏をよぎった。嵐太郎の嫌そうな顔を想像するとちょっと楽しい。
「言葉で実験記録装置の意志を確認できないのは……曖昧ですね?」
「そうなんだよ。だから実験記録装置にかこつけていろいろやらかしちゃう人もいたらしいんだよね。実験記録装置が憑依するのは大体その拠点のハイブリッドコードキャリアの長だから、みんな首かしげても『お告げが出たんなら仕方ないね』っていうこと聞いちゃうし。おやつのおまんじゅう、おかわりちょうだいとかそんな程度ならともかく、わがままも度が過ぎるとおやつもままならないくらい困窮しちゃったりしてね。積み重なった長のわがままで滅びた拠点もあったみたいだよ」
おば様の没後の采配、私が相続して後の出過ぎず、かといって埋没することなくサポートしてくれたみちるさんの最後の日々。白梅との相性が単によかったというより、憑依体が優秀で気立てがよかったことが白梅荘の歴代当主にとって幸運だったということか。
「川向こうの盟主は滅んだ後も拠点のあった土地に残ったんですよね?」
「そうだね」
「実験記録装置はどうなったんでしょう」
「それが……見つからなかったらしいんだ」
どうも「島」のように何らかの事件が起きて、一気にハイブリッドコードキャリアが根絶やしになったらしい。
「御一新の頃の話らしくてね、世間がごたごたしていて却ってスムーズに家令だった川向こうさんちが下剋上できちゃったみたい」
「ごいっしん?」
「あー、大雑把にいうと明治維新とその後のもろもろのことだね」
「なるほど」
「川向こうさんってケチでね、自分ちの史料は見せてくれなかったんだよ」
しかし直接事件を見聞きした者は鬼籍に入っていても、話を伝え聞いた者はいた。
チャンスをうかがってエルダリーなお嬢さんたち(要するに近在のおばあちゃんたちだ)から聞いた話によると、屋敷を壊し、庭をすべて掘り返しておおがかりな捜索が行われたらしい。
「結局見つからなかったんですね」
「そうみたい。だいたいさあ、どんな形をしていてどんな大きさなのかもはっきり分からないものだからね、探しようがないんだよ」
梅雨の早朝、庭で対峙した周平の姿を思い出した。何かが内部で蠢いているような不思議なパターンでまだらに輝く周平の肌。
「『島』の場合、拠点は滅びましたが実験記録装置は周平さんの体内にあるようです」
「不思議だよねえ」
実験記録装置。どんな姿、形、大きさなんだろう。
周平は体内にそれを入れて連れ歩いているという。呑みこんだのだろうか。薬局で処方される錠剤ですら呑みこむのにそこそこ抵抗がある。つまり呑みこむならば指先でつまむ程度のあの大きさが限界ということだ。みちるさんや小梅に憑依し、同時に庭の梅の木まで動かし、東京にいてもケイさんと私に影響を及ぼしたあの白梅もまた同じ実験記録装置のひとつなのだ。どうしても掌に載ったり、一口で呑みこめたりするようなものとは思えない。
「不思議といえば、周平くん、人が変わったようになったんだよね」
嵐太郎は祖父である大吾の紹介で周平と知り合った。当時の周平は物静かで線の細い、内省的な男だったという。みちるさんも「華奢で繊細な、病弱そうな人だったけれど、優しかったわ」といっていた。しかし、川向こうの盟主の屋敷で数十年ぶりに再会してみると、ずいぶん変貌していたそうだ。
「なんていうの? 今風にいうと俺様っていうの? 昔はあんなに嫌がってたのにおねえさん侍らせたり、ファルス信仰どっぷりって感じになっちゃってねえ」
嵐太郎は掌の中で弄んでいたからのショットグラスをウィスキーで満たした。
「以前の周平くんの裏返し、なのかな。今の周平くんは昔から彼の中にいたのかもしれないけど」
「朽ち縄を体内に入れたことでもともと内面にあった性格傾向が表面に出てきた、そういうことですか」
「そんな気がするね。診察させてくれないし、川向こうさんちではあまり接点がなかったから会話にかこつけて問診すらできないし、そんなんだから断言はできないけど」
ぐいっと勢いよくショットグラスの中身を空ける嵐太郎を、私は呆れながら眺めた。酒に強いとは聞いていたが、ここまでとは。とんとん、とドアがノックされた。
「こんどはチーズかな、ナッツかな、お豆かな? お野菜の酢漬けもいいな。おかえり五木くん!」
どんだけ腹をすかせているんだ、嵐太郎。ひらりひらりと軽やかにステップを踏み嵐太郎がドアを開けると、そこにいたのは出入り口を塞ぐ巨体の主ではなく、白梅だった。
「らんたろしゃま」
「小梅ちゃん、どうしたの?」
「いっしょに寝てもよいでしゅか?」
がたっ、と椅子を蹴倒して立ち上がってしまった。
「ちょちょ、ちょっと待った」
「なんでしょう、おやーたしゃま」
パジャマ姿の白梅が首をかしげた。
「いやその、それはちょっと」
「らんたろしゃまといっしょに寝るの、だめなんでしゅか?」
駄目だろう。駄目に決まっている。おりんちゃんおりんちゃん、と若かりし頃の恋人の名前を連呼している嵐太郎だが、そのおりんちゃんなる女性とそっくりの小梅に特別な思いを抱いている風である。こういうのって問答無用で駄目っていっちゃ駄目なの? あわあわする私を見て嵐太郎が苦笑した。
「詩織ちゃん、その手の心配はないよ」
「嵐太郎さんがロリコンだとかそういう心配をしているわけではないんですがそのあの」
「んんー、僕ね、百七十五年間賢者タイム継続中なの」
「はい?」
「だから、賢者タ」
「最っ低」
ふんがー、と嵐太郎に詰め寄ろうとしたところで盆を持ったケイさんと一升瓶を抱えた真知子さんがやってきた。
夏と違い、秋の深まった今は、離れの広い畳敷きの部屋ではなくこうして小ぢんまりとした部屋に肩を寄せ合い集まるのがいい。ハイピッチでぐいぐい呑む真知子さんの握るぐい呑みに冷や酒を注ぐ。真知子さんはするめを白梅に渡す。白梅は更にそれを細く裂いて、嵐太郎の口に運ぶ。ウイスキーを呷る手を止めた嵐太郎が、膝の上にちんまりとおさまる白梅を見下ろし微笑む。向かいのそうした様子をソファで隣り合う真知子さん、スツールに腰掛けるケイさんに挟まれて眺めた。
理沙嬢が去り、お久さんとみちるさんが去り、白梅荘はずいぶんさびしくなった。嵐太郎と小梅を迎えたけれどそれでもさびしい。
秋の夜は長い。だからこんなことを思うのかもしれない。さびしい。でも明るくあたたかな夜だ。




