第四十八話 眷属との初夜
パーティー会場に帰ったクリスカさんですが、美喜恵さんに呼び出されてこっぴどく叱られたそうです。
「結末としてはまぁ妥当だったな」
「私も怒られるんでしょうか?」
「わからんぞぉ」
と薫さんにどやされて心臓が高鳴ります。
しばらく、喧騒の中で黙りこくっていると二人が薫さんの元へ帰ってきて、美喜恵さんは何事もなかったようにマイクを取って、
「では正解した方はアルタリィ様からのプレゼントがございますので会が終わりましたらエントランスまでお越しください。その際、お渡しした紙を必ずご持参くださいますようお願い致します」
「プレゼント?」
事の次第を全く知らない私は首を傾げました。
「光莉は何も知らなかったな。実は」
かくかくしかじか。顛末を聞くと、それはそれはクリスカさんにはとっておきのお仕置きが用意されていたらしく、彼女の脱走も想定内だったそう。
「行動心理全て把握されてますね……」
そこまで二人は親交が深い証でもありますが、普通に驚きです。
「夜景はどうだった?」
「夜景?」
「二人で見に行ったんだろう? 感想はないのかい?」
「そうですね……夜景というより星空で、眩い輝きを放つ星達がとても美しかった」
「星空? 夜景じゃなかったのか?」
「はい。詳しい場所までは分からず、多分クリスカさんのお気に入りの場所だと思うんですが一面の星。出会ったときに見たのとは違う、新鮮な空でした」
新鮮な空。夜に生きる吸血鬼のクリスカさんと旅に出てから幾度となく超えた夜の空は私にとってまだ新鮮でぎこちない空です。
けれど今日の空はどこか違う色に見えた。深い闇と蒼が混合した空に違和感が薄れていく気がしたのです。
「ははは。ありがとう。またネタが思いついたよ。君達の物語のな」
「あははは……」
苦笑い。腕を組んでどこか雄々しく構えていた薫さんは、背で手を振って人混みの中に消えていきました。
「おまたせぇ」
クリスカさんが無事……とは言い難いゲッソリした顔で帰還。けれどワインを一口酌るとけろっと立ち直って、
「さぁ、宴よ!」
すっかり機嫌が良くなったみたいです。
「ねぇ光莉。眠る直前の事なんだけど」
「え?」
「あぁ、何も聞こえてなかったかしら?」
「あ、えっと……」
あわあわと目線を泳がせてしまいました。様子から何か察して左手で顎を持ち上げられて、
「もう一回言おうか?」
「だ、大丈夫です!」
眠ってしまう直前の事。記憶の隅にあるクリスカさんの提案でした。
「主は私じゃダメかな」
私はその時点で眼をかっぴらいて否定すべきでした。脳内再現すると引かれそうですが、威勢というのは不思議なもので秘めた意思を簡単に口走ってしまえる魔力が存在します。
だからもっと早く、気持ちを伝えられれば良かったと後悔していました。
「あとは貴方の返事待ちよ。気が向かないのならいいのだけど」
「なります」
「……知ってた」
「じゃあどうして聞き返したんですか!?」
「だって貴方なら、私の従者になってくれると信じていたから」
瞳には溢れんばかりの涙を溜めて、クリスカさんが私をじっと見つめていました。
「なんか夢みたいです」
霞む視線。涙が重力にならって落ちて、頬を伝う感触で初めて意識します。泣いているんだ私。
「誓いに、吸ってもいい?」
「はい。思う存分、私の主様」
遂に向かわれたのだと、達成感が身体の底から湧き上がってきます。私の首筋にクリスカさんの、主様の牙が食い込んでいき、
「んンっ」
ピリっとした射し込む瞬間の僅かな痛み。鋭い痛み。眷属として献上する初めての血。彼女の指に私の指を這わせて優しく握り込みました。
凍てつく口づけ。人間と吸血鬼の温度差は広く、けれど過る幸福感がそれすら超えて温もりの幻覚を起こします。
そんな熱烈な接吻を周りの人々が見逃すはずもなく視線が集中。一瞬閉じた眼を開くと、口元を抑えて照れ隠しをする者や懐古に微笑む者、無邪気に何が起こってるのか尋ねる子供もいました。
恥ずかしくなって手を解き、主様の服の袖を引っ張ります。
「あの」
「ん?」
吸血しながらモゴモゴと言葉にならない声を発して辺りを見渡して、状況を理解します。
「あら、ごめんあそばせ」
近くで一部始終を見ていた人達から拍手が上がり、どんどんとその輪が拡がっていき、いつの間にか会場中から響き渡る協和音になっていました。
「お祝いよ。色んな意味でね」
美喜恵さんが私達にウィンクをしながら近づいて、ある部屋の鍵を手渡します。
「いいの? 私の居場所を見事的中させた人に渡す景品じゃなくて」
「本来なら貴方に渡す為じゃなかったんだけど、今日は特別よ」
「ならありがたく」
「ただし」
鍵を一旦預かり、主様に耳打ち。
「良い子を貰ったんだから初夜の面倒くらい見てやりなさいよ」
私には聞こえません。しかし押し黙る様子からただ事ではない感触がします。
「馬鹿ね。面倒も何もないわよ。というか、いつから私を誰でも食べる雑食だと思ってたの」
「あら違ったかしら?」
「大間違いよこのスケベ。まぁいいわ」
「あーそれと光莉ちゃんにも伝言」
「なんでしょう」
今度は私にです。一体なんでしょうか。
「クリスカをよろしくね」
「は、はい」
「なーに保護者面して言ってるのよ美喜恵」
「これでも一度はクリスカに愛を叫ばれた女ですもの。取られちゃうのは寂しいでしょう?」
「なら一緒に来る?」
美喜恵さんの逡巡がしばし続いて、
「……ありがたいお誘いだけど、もう歳だから遠慮しておくわ。ゆっくりと隠居したいもの」
少し儚げな顔を浮かべながら、言います。
「そう……残念ね。でも私は強情なの。また誘うわ。次に来た時でも、絶対にね」
「答えは同じよ」
「いえ、貴方が死ぬまで続けるわ。私がパーティーを抜け出す様に、ずっとずっと気が変わるまで付き纏うように聞いてやるから」
自信満々に言い放ちましたが、言動がストーカーですそれ。
そして誰が為のパーティーはお開きになって、私と主様は部屋へ戻ろうとしました。
「そういえば、美喜恵さんから何を?」
「あぁー、うん。まぁ」
ふと、あの秘密話の事を訊ねます。言いづらそうにモジモジと竦めていたので、
「もし秘密なのでしたら無理にお話にならないでください。この無礼、血を持って」
「いいの!」
突然の大声に身体をビクンと反応させて、顔を覗きます。吸血鬼らしからぬ赤面に私は思わず首を傾げて答えを待ちました。
「あの、ね。初夜にって部屋を取って貰ったの。プレゼント用の」
初夜、その単語に私の顔を沸騰したように熱くなったのでした。




