第四十七話 契りの言葉は偽り
クリスカはそんなことを他所に寝息を立てる光莉へ継ぐ。
「そっか。そっかそっかそっか」
嬉しさをこみ上げながらも、声色がだんだん沈んでいくのに気がつく。
私にも複雑な想いがあった。寝ぼけてたと言われてしまえばそれまでで、今の言葉は言質になどならない。けれど光莉にも悪い話ではなく、むしろそれが彼女の望みなのだから好都合だ。
叶えてあげられるなら叶えてしまおう。私はこの壮大な家出を続けるために、ずっとずっと旅をしていたいが為に彼女を連れ出した、偶然を装ってあの高速列車に乗り込んだのだ。
けれど私は彼女の純情を利用しているのではないか。無垢な願いや弱みに付け込んで、ただ自分の命が惜しいだけなんじゃないか。光莉の純真な私への好意や気遣い、接するたびに私自身の罪悪感が増していき、だんだんと彼女を思うがあまりに嘘をついていることへの罪悪感と真実を前にしたときの恐怖に内心囚われるようになっていた。
これを聞いたら、彼女はなんというだろうか。吸血鬼は皆、彼女の血が分不相応で追い出した、追放してきた。酷い仕打ちだ。必要とされないから、無駄だから彼女を追い払って傷つけて、最後に夢を諦めさせようとした。私のやっていることは質の悪い詐欺ではないか。
人は無作為な誹謗中傷や侮蔑なんかより背信や裏切りに敏感だ。騙されることは決して気持ちいい事ではない。
それが身近な人間になればなるほど、傷口は広がっていく。
私は誰かに嘘をついてまでいる意味があるのだろうか。騙して利用して、光莉の元にいる必要はあるのだろうか。純真な彼女の心に触れ、旅の中で思い立ったことはそこに尽きる。
「もし、もしね。私が突然いなくなっても探さないでね」
私の声など聞こえていない。夜目の効く吸血鬼の瞳には光莉の寝顔がくっきりと焼き付く。
「そろそろお戻りの時間です。クリスカ様」
光莉の先から呼び掛けられ、お姫様抱っこで抱えて立ち上がる。
「美喜恵の奴、やっぱり読んでやがったか」
軽く舌を打つと、先で懐中電灯を片手にニコリとはにかむ中年男性の姿がある。湯楽屋の仲居兼私のお目付け役だ。
「常日頃、支配人はクリスカ様の事を気に掛けてらっしゃいますから」
「パーティーを途中退場するのは私の勝手だと思うけどー?」
「主役のいない物語がないように、主役が抜け出したパーティーに如何ほどの価値がございましょう?」
遠回しに逃げ出したら成り立たないと言ってくる。仲居にしては生意気な口を利くが別に腹も立たない。
私も微笑んで、
「そうね。いつも探してもらって悪いわ。それで私は何の景品を出せばいいのかしら?」
「それは改めて支配人とお話を。私の口からは申し上げられません。というより聞き及んでないです」
「まぁ、内容がわからないのも予定調和かしら」
「えぇ。支配人の悪い癖です」
「またどうせ特上の部屋を用意させようとしているんでしょうね。だいたいわかるもの」
「左様でございます」
「あら、ネタバレすると後で叱られるわよ?」
「お気遣い感謝致しますが、無用の心配です」
「無用?」
「お戻りになられたら先ず、クリスカ様の番が控えておりますから」
私と青年は笑った。確かにそうだ。私が先ず美喜恵にこっぴどく叱られる。最初の時のように。
そういえばあの後は告白したんだっけ。来ては毎回抜け出してと繰り返し、その都度昔の事を思い出す。
家出して通りがかりに転がり込んだ旅館の一人娘。大層美しい彼女は慈悲深くてどこか切れ者だった。
私の事情も二日と掛からずに聞き出して親身に寄り添ってくれた。同世代ってこともあって気さくに打ち明けられたのもあると思う。
伴侶や眷属、使用人を持つ気なんてなかったのに、昼を超えるたび、恋に落ちていった。そして私が何十度目かの誕生日の時、盛大なパーティーの最中に抜け出して、その後告白した。
若い頃の過ちになんだか笑いがこみ上げてきた。クスリと声を漏らして夜空に笑いを投げてあの日の感情をゆっくりと掘り返した。
「あの子に婚約者さえいなかったらな」
「はい?」
「何でもない。若気の至りよ」
そうだ。あれは若気の至り。後の伴侶になる婚約者からすれば衝撃的な光景だっただろう。
彼の前で同年代の若い吸血鬼、しかも女性から好意を寄せられるなんて毛ほども考えたことない。結果は勿論振られたけれど、不思議と悔いはなかった。
懐かしい……今の空が最初に抜け出した時の夜空と同じように映る。私は光莉の首筋を口元に寄せて優しく口づけした。




