第三十七話 クリスカの初恋
出てきたのは初老の女性。サラリと靡く白髪に柴犬のような細くもくっきりとした眉。厚手のコートと変哲もないジーパンを召した見た目はごく普通の叔母様が見かけに外れて走ってやってきます。
言葉でこそ過酷さを訴えていますが裏腹に顔は満更でもない開き切ったひまわりのような満開の笑顔が咲いていました。
「久しぶりねぇ。今度はどこの帰り? 大阪? 京都? あら九州かしら」
「残念だったわね美喜恵。全部外れよ。北海道」
「まぁ随分と遠くから来たのねぇ。っと、この方々は?」
「旅のお供。最近知り合った人たち」
「あらまぁこれは失礼を。私ったら年甲斐にもなくついはしゃいじゃって、自己紹介が遅れちゃったわ」
「いやまぁ、大丈夫だ……あっです」
「堅苦しいのは無しでいいの。茂木 美喜恵よ」
「薫、佐伯 薫」
「七見 光莉です! えっと、クリスカさんと旅をさせていただいてます!」
頭を垂れて一礼。
「元気がある子大好き! ささ、外じゃ寒いし中でゆっくりお話しいたしましょう」
背中を押されて車内へ。その勢いに気圧され、私と薫さんはもはや為すがままです。
中には冷蔵庫やテレビ等々、誰の手向けなのかと首を傾げるほどの至れり尽くせりぶり。
「でもバスってなんか物々しくないでしょうか?」
「クリスカはド派手な演出が好きなの。もうとびっきりのね」
「もう卒業したわよとっくの昔に」
「あらーそうだったかしら? その割に巷では豪華と謳われる寝台列車を乗り回してるって聞くけど?」
ぐぅの音も出ないと言った渋い表情。けれど嫌な気はしていないようで、バスに乗り込むと真っ先に美喜恵を隣に呼んで座らせると——
「意地悪は止してよもう」
語尾が薄れていきます。顔を覗こうとするとそっぽを向かれてしまい、そんな様子を見る薫さんはあっけらかんとしていました。
「照れちゃってねぇ。若いって良いわねぇ」
「美喜恵は、その大分変ったわね。皺が深くなったって言うか」
「これでもお若いって言われるのよ人間の間では」
「人間? あの差し支えなければで良いんですけど」
「私、茂木美喜恵は人間じゃないんですか? って質問でしょう?」
「は、はい。読まれてた」
暫し黙って含み笑い。
「そうねぇ。謎の女、というのはありきたりかしら。んー即興で何か考えるのはやっぱり苦手ね」
苦悶しつつ、考え出された答えに私達は度肝を抜かれてしまいました。
「恋人かしら」
「恋人ですか!?」
「片思いだけれど、それはもう熱烈に私の事を好いてたみたいで」
「それ以上はたとえ美喜恵でも実力行使に」
「あらあら、大好きな人間に乱暴できないくせに」
押し黙ってクリスカの目線は外へ。完全にペースを握られてしまい、何かを言い淀みました。
「恥ずかしい過去に苛まれてる……なんてことはないかな」
「んなぁぁぁぁぁ! 美喜恵喋るの禁止!」
「この二人、何があったんですかね」
「さぁな。でも、心配するようなことではないことは確かだ……他人様の恋路に口出しはしない方がいいな」
「……はい」
他人事ではない気がして、私の頬を紅潮していました。
「けど、何年ぶりかな」
「七年かな。会いに行ってばっかりだったからここで会うのは久々だね」
「七年経っても変わらない。ここは、いつも私の安心できるところ」
「そう言われると誇り高いわね」
車窓から望む紺色の空と密集した雑居ビル群の街並み。段々鉄筋と混凝土の森が自然に覆われ始めて、幹線道路は木々の合間を縫って未開の地へと誘うように駆け抜けていきました。




