第二十九話 命じられた罰
男勝りで凛々しく立ち振る舞っていたのが嘘のよう。どれを取ってもその言葉の全てが凄絶な被虐を物語っていました。
「そう。生きてる意味なんて誰しも確かに持ってなどいないの。分からないのが正常よ。だから私は価値のある死を貴方に与えようと思ったの」
「……え?」
「クリスカさん?」
「私は貴方に生きていて欲しいとは微塵も思っていない。けれどただ死ぬのはちょっとだけ味気ない。だからね。一つにしてしまえばいいって考えたの。名案でしょ?」
「一つに……?」
薫さんは涙で一杯になった瞳を眇めて訝ります。理解できないというような仕草を見せて、縋るような目つきを向けてきました。
私には両者の真意を何の気なしに察していました。吸血鬼のクリスカさんを知らなければ、辿り着けない答え。
ブロンドヘアの幼げな女性だと錯誤している薫さんが想像もしないそれを、牙を突き立てて示します。
「言葉のままよ。私はね、吸血鬼なの。この鋭い二本の牙で首筋に噛みついて、生き血を全て呑み干して貴方を私の中で生きさせてあげるって言ってるの。物凄く素敵じゃないかしら!」
私は彼女の表情から色が薄れていくのを感じ取りました。
この世界で生きられないのなら、痛みのない場所へ誘ってやるのがせめてもの救済。不器用に傷くらいなら、それがクリスカさんの思いやりでした。
ナイフとフォークを置いた手がだんだんと近づいてきます。誰かに殺されてしまう恐怖を味わうことなんて滅多になく、後退ろうと椅子から彼女が転げ落ちます。
死神の手。私達と出会う以前から望んでいたことのはずなのに、なぜ怖がるのか私には不思議で仕方ありません。首を傾げてその様子を見守っていました。
そして伸びていったその手が振り返って、私の頬を優しく撫でます。
「……え?」
「その前に一つ。貴方からね」
「私——から?」
「うん。お仕置き。なんでかわかる?」
笑顔の裏にそこはかとない狂気。殺意だったはずの彼女の牙が、だんだんと私を餌として見る目に変貌して、首筋に向きました。
噛まれた痛みはきっと故意です。これはお仕置き、私への懲罰なのですから。
藻掻く肉体からだんだん力が抜けていきます。
「どう……して」
「私が命じたことは何?」
「めいじた……こと?」
「そう。でも、答えられそうにないね。ゆっくりお休み。私の——」
そこで私の意識は途絶えました。けれどそんな痛みすら、快楽に置き換わってしまった私はきっと、毒され始めていたのでしょう。彼女の狂気に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私が命じたのは、絶対に手出ししてはならないということ。それを破った光莉には少し眠って貰っただけで、勿論殺してはいない。
一点して冷静になった薫がその光景の整理に追いついたとき、また青ざめた顔でこちらを見ていたのが脳裏に焼き付く。
「死んでないわよ?」
そう言いながら、彼女を抱えて遠くの椅子へ運ぶと、一度グラスに入った軟水をしゃくって深呼吸した。
「ちょっと聞かれたくないから眠って貰っただけ。もし血を吸い尽くして死んでたらもっと干乾びてるわよ」
「……まるで読めない。何がどうなっているんだ」
「さっきのはね、全部読んだ上で演技してたの。貴方にはまだ死ぬ気があって、ナイフを与えれば行動を起こすのは必然。それで光莉が咄嗟に前へ飛び出して来たのを責め立てて眠らせる。悟られないようにちょっと回りくどいやり方をしたけれど」
「……回りくどすぎる」
「あと貴方を殺す気はない。明言しておくわね」
全て計算づくで、危険な博打でもあった。語る声音は狂気が抜けて、優しさ宥めるようだ。光莉に二人きりにさせろと言っても後で何かしらのアプローチはあったと思うし、何より彼女は訊き出すのが上手だし、直感が鋭い。
だがお仕置きという名目なら、有無を言わせず排除できる。スキーの疲れも相まって朝まではぐっすりなはずだと自負している。
私は邪魔者がいなくなったと胸を撫で下ろして薫を席に促した。
「さて、ここからは私と貴方の話をしましょう? 薫」
「まず、あんたのことは何て呼べばいい?」
「クリスカでいいわよ。あと先に言っておくけど私達は対等よ。無為な気遣いとか上下意識は感じないで」
「わかったよクリスカ」
「よろしい。あぁそれと、貴方の事は薫で良いかしら? もし本名が嫌ならペンネームの『黛 キエル』でも構わないのだけど」
「はぁ——薫でいいよ。人前でペンネーム呼びは慣れていないし、先生って言葉は鼻につく」
やっぱりお見通しだと嘆息して薫が頷く。
それを見て、光莉とは対照的だと無意識に思ってしまった。他意はない。
「それでその回りくどい事をした訳を聞かせてくれよ」
「いいわよ。ただし、光莉には内緒よ?」
前置きと間を挟んで、私は薫を救ったことと光莉を眠らせた訳を赤裸々に示す。
「私はね。もうすぐ死ぬの」




