第二十八話 絶叫は悲しく虚しく空々しい
クリスカさんから語られたことに間違いはないかと問われ、暫しの沈黙を置いた後に頷いた薫さん。
ようやく自分が相対している相手がただの旅行者ではないことを悟り、一転して緊張で顔が強張りました。
「そろそろ一品目の料理が来る頃合かしら」
「……ディナーを頼んだ覚えはないのだが」
「細やかなお礼よ。受けて損はないわ」
タキシードに身を包んだ初老の支配人が直々に銀の大皿を運び、静かにテーブルへ置くと淡々と料理の説明をして去ってしまいます。
「たんとお食べ」
誘うようにクリスカさんは手を差し出して促すと、ギロリと睨むような視線で一瞥してから食べ始めました。
銀のナイフとフォークの喧騒。誰かの施しを受ける勇気はきっと死を決意させるほどではないはずだと、私は黙々とローストビーフを刺して口に運ぶ姿から想像します。
ではなぜ、一度睨んだのか。同情されることへの嫌悪感で至ったのか真意を確かめようにも、硬く引き結んだ口が開きません。
「この中で嫌いな物はなかったはずよね? って、聞くまでもないって顔してる」
「下調べは完璧って訳だな。私を肥やしてどうする? 何が目的だ?」
「助けた理由を聞いているのなら……そうね。助けたかったから。暇つぶしに星を見に外へ出たら偶々首を吊っていた人間が居て、その人間がたまたま私を満足させられる鬼才で、あの程度で死んでしまってッは惜しいとも思っていた」
「片腹痛い。私に何を期待しているのかな? 見返りもない、希死念慮に憑りつかれた死にぞこないに」
「えぇ。勿体ないというのはね。今の貴方がこれから自分で死ぬということなの。自らの手でケリをつけるなんてあなたにとっては過ぎた贅沢だわ」
「自殺行為を贅沢だなんて言われたのは、心外だ。生きる権利があるならば、死ぬ権利だってある。いや、義務かな。人間には皆、死ぬ義務が付きまとう」
「そう。等しく死は訪れるもの。華が枯れるように、人間も寿命を迎えればそれは避けられない。今の貴方がその寿命を自ら決めるなんていうのが甚だ傲慢。状況を見て、わからない?」
薫さんは小首を傾げて周囲を見渡します。
手足の自由は効くし、言葉の自由もある。それでも不適に笑うクリスカさんにどこか含みを感じていて、気味の悪さだけが増していました。
「まだわからない? 私の手中にいる時点であなたはもう自身で死を選ぶことはできない」
「……やってみるかい?」
薫さんの手が止まり、左手のナイフの矛先が首元へ向きました。
「ダメっ!」
控えていた私は咄嗟に抑え込もうと飛び出しますが間に合わいません。しかしナイフは首元に刺さることはなく、寸前で停止。
止めたのはクリスカさんでも無ければ私でもなく、薫さん自身の腕。潜在意識ともいうべき、生存本能でした。
本来なら風情もなく無機質に地へ落ちるナイフがテーブルを弾いてひらりと着地します。
「これ以外に方法が見つからなかったんだ!」
雫がカーペットの色を黒く変えました。
「私はマリオネットなんかじゃない。誰かに糸で操られていたわけでも……尽して、最善だと信じて付いていっただけなのに……! 全部、全部彼らが、この世界が悪いんだ! 私にだけ酷薄だから。特別強く育ったことはない……なのに!」
死とは反対に人生は理不尽の連続、修羅です。当事者にその気がなくとも、むしろその逆で幸福になろうと進んでいるつもりでも意匠返しのように向かい風が吹く。過去の自分と重ねて私は共感を抱いていました。
「生きる意味すら分からない。何がしたいのか、突き離す彼らに何を言えばいいのか、どうしたら私は幸せに、悲しまず病まないで生きられるのか、私にはわからないよ……」




