第十三話 追放され続けた痛み
ベットに一頻り八つ当たりして落ち着いた私は天井をただひたすら静止画のようにぼーっと見つめながら、下の階で対談する父とクリスカさんの事を想像していました。
その内容は恐らく、私の処遇。お互い数時間とはいえ、あんな立ち振る舞いをされては業腹でしょう。それも明確な上下関係が存在する吸血鬼と使用人だった少女の間柄です。言い訳は愚か、弁明の余地もなくこの家にすら居られなくなってしまう。
大袈裟のように聞こえますが、最後の最後で家の名にも泥を塗ってしまったのです。事の重大さに眼をやると、眼が潤んできました。
気が付いたのか、部屋で私の世話をこなす使用人がベットの縁へ静かにハンカチを置いてくれました。恥ずかしさで思わず袖で拭ってしまいましたが、頭を上げてその背中に軽い会釈をして感謝します。
すると、扉を控え目にノックする濁音が微かに聞こえました。
「お嬢様、お客様がお見えです」
そう声を掛けられても、再び体重を預けた私はもう微動だにしませんでした。思考の迷宮に迷い込んだままで、扉が開いて中に入ってくる影にも、その人物の言葉で部屋から出ていく使用人の雑音にも、気が付きません。
そして、白色の光をその相貌で経たれた時、驚いてまた悲鳴を上げてしまいます。
「のわぁぁぁぁぁ!」
あまりに唐突すぎるクリスカさんの登場に私は片手で布団を握りしめて壁際に後退りします。
「ちょっと、驚きすぎよ」
「ど、どどどど、どうされたのですか?!」
「どうって、もうすぐ朝でしょう? だから眠たくて」
「ベットとか棺なら他の部屋に空いている箇所がありますので! 今、私めが案内致しますから」
飛び起きて部屋着のまま、連れ出そうとします。
しかし、それを断ち切ってしまうように、クリスカさんはさっきまで私が寝ていたベットへ倒れこんでしまったのです。
「んにゃは。眠たくて立ってでも眠れてしまいそう。アザラシみたいに」
「あの、起きててください」
このまま爆睡されてしまっては、私一人で運べるかどうか。家の使用人に手伝ってもらうのも、今なら自分で出来ることをわざわざ頼むのは気が引けて、部屋から離れるのを止め、踵を返して傍へ寄ります。
そして彼女の冷たい身体に触れようとした瞬間、腕を掴まれるとベットへと引き戻されました。
「びっくりしたでしょう?」
言葉が出ません。視界が派手に横回転したと思ったら、クリスカさんの表情が目に飛び込みます。
転げてしまったのでしょうか。引き込まれたように感じた腕もそれは気のせいで、足を踏み外してしまったから。また失礼を働いたとも思いましたが、鋭く煌いた真紅の瞳と艶やかな金髪の背景には、さっきまで眺めていた天井があって、不審に思います。
けれど、焦って状況も分からずに謝り、立とうとします。
「申し訳ありません! あの、すぐに準備しますので!」
力を込めて腰と足を上げようとしたとき、そこに強い力で抑え付ける冷たい何かが当たっている感触に気が付きます。
私はクリスカさんの身体に沿って視線を足元へ落とすと、自分の身体にクリスカさんが乗っていたのです。さらに思考が混乱します。
なぜ、馬乗りにされているのだろうと。
「ねぇ、こっち向いて」
「は、はい!」
足がガクガクと震え始めました。無言で身体の自由を奪われた恐怖です。無礼への罰がこれから与えられるのだと、確信しました。
しばらく瞳をじっと見つめられて、彼女の身体と口角の上がった口元が落ちてきます。瞼をぎゅっと瞑ると、淡く笑って頭の後ろに手を回すと、抱き上げるように私の顔を埋めます。
「ごめんなさいね。私達のせいで、こんなに傷つけてしまって」
酷く悲しく、許しを求めているような声音でした。じっと抱擁されてから、ワンピースドレスに被さっていた視界が開けると、クリスカさんは私を見つめて呟きます。
「私達の傲慢で、あなたが傷つき病んでしまったこと。許してくれますか?」
瞳を見るなり、クリスカさんの顔が歪んでいきます。先入観が薄れていき、私は気付かされます。
このお方は誰よりも慈悲深く優しいのだと。でなければ、他人が他人に与えた痛みに自ら許しを請うことなんてしません。
「——痛かったです」




