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革命勇者  作者: 春風英人
8/9

第八話 勇者の座学

朝。


身体中が痛かった。


起き上がろうとして失敗する。


「痛っ!?」


思わず声が漏れる。


腕が痛い。


足が痛い。


背中が痛い。


胸も痛い。


なんなら痛くない場所を探した方が早かった。


昨日の訓練を思い出す。


ランニング。


素振り。


フィアとの模擬戦。


特に最後が酷い。


肩や腕に残る鈍い痛みがそれを物語っていた。


しばらくベッドの上で葛藤した後、なんとか身体を起こす。


今日も訓練だ。


そう思うだけで少し気が重かった。



訓練場へ向かうと、既に兵士たちが集まっていた。


「勇者様!」


元気な声が飛んでくる。


ダンだった。


「おはよう」


「元気ねぇな」


「見れば分かるだろ」


腕を少し持ち上げる。


痛い。


「筋肉痛だ」


「あー」


ダンが納得したように頷く。


「初日はそうなるよな」


「お前は平気そうだな」


「慣れてるからな!」


羨ましい。


横でロイが苦笑した。


「ダンだけ妙に頑丈なんだよ」


「褒めてる?」


「褒めてない」


朝から騒がしい。


だが少しだけ気が楽になった。



午前の訓練は昨日以上に厳しかった。


身体が思うように動かない。


足も重い。


腕も重い。


木剣を振るたびに筋肉が悲鳴を上げる。


「遅いです」


フィアが言う。


「今日は許してくれ」


「駄目です」


即答だった。


容赦がない。


昨日より明らかに動きが悪い。


だがフィアは見逃してくれなかった。


鬼である。


訓練が終わる頃には地面へ座り込んでいた。


もう動きたくない。


本気で。


するとフィアが近付いてきた。


「勇者様」


「なんだ……」


「午後は座学です」


一瞬意味が分からなかった。


そして。


「本当か!?」


勢いよく立ち上がる。


足が攣りそうになった。


「走らなくていいのか?」


「はい」


「剣振らなくていい?」


「はい」


「最高だな」


思わず声が出た。


周囲の兵士たちが笑う。


フィアは小さくため息を吐いた。


「その反応はどうかと思います」


知らん。


今の俺には勉強が天国に思えた。



昼食を終えた後。


案内されたのは王城の講義室だった。


長机が並ぶ広い部屋。


既に何人かの兵士が集まっている。


見覚えのある顔もいた。


「勇者様!」


またダンだった。


「またお前か」


「なんで嫌そうなんだよ!」


「別に」


ロイもいる。


ケインもいる。


他にも十人ほど。


どうやら新人兵向けの講義らしい。


「お前らも勉強するのか」


「そりゃするだろ」


ダンが言う。


「兵士も地理とか歴史とか覚えなきゃいけないしな」


なるほど。


そう考えると当然か。


俺はこの世界のことをほとんど知らない。


ちょうど良かった。



席へ座る。


フィアは壁際へ移動した。


護衛だからだろう。


しばらくすると教室の扉が開いた。


「それじゃあ始めますよ」


入ってきたのは四十代くらいの男性だった。


兵士たちも特に反応していない。


いつもの先生らしい。


その瞬間。


ガラッ。


窓が開いた。


嫌な予感がした。


「やぁやぁ」


いた。


マーさんだった。


「帰れ」


反射だった。


「酷いなぁ」


「なんでいるんだ」


「先生だからねぇ」


「嘘だろ」


教室中の視線が集まる。


先生も頭を抱えていた。


「またですか……」


また?


先生は大きくため息を吐く。


「私は兵士の講義がありますので」


「任せてよぉ」


「任せたくないんですが」


「勇者の仲間になる僕が教えるべきだ」


「そういう問題では……」


「そういう問題だよぉ」


数秒の沈黙。


そして先生は諦めたように肩を落とした。


「……好きにしてください」


負けた。


完全に負けた。


マーさんが勝利した顔をしている。


何に勝ったんだ。



「さてさて」


マーさんが大きな地図を広げる。


「今日は世界のお勉強だねぇ」


意外とちゃんとしていた。


「まずは今いる国」


指差したのは地図の最南端。


「レグルス王国」


俺たちがいる国だ。


「七大国の中でも最大の貿易国家」


周辺各国との交易によって栄えた国。


豊富な資金。


巨大な都市。


七大国の中でも有数の豊かな国らしい。


「だから城もでかいんだな」


「そういうことだねぇ」


少し納得した。



「その北にあるのがアリオト王国」


今度はダンが勢いよく手を挙げた。


「農業国家!」


「正解」


「よし!」


嬉しそうだな。


アリオトは広大な農地を持つ国らしい。


小麦。


野菜。


果物。


七大国の食卓を支えている国だという。



「その隣がミザール王国」


「畜産国家です」


今度はロイだった。


「正解だねぇ」


牛。


羊。


馬。


肉や乳製品の生産が盛んらしい。


俺の脳内で昨日の昼飯が浮かんだ。


行ってみたい。


「絶対食い物考えてるだろ」


ダンに見抜かれた。



「そしてメグレズ王国」


今度は少し静かになる。


ケインがおずおずと手を挙げた。


「学術国家……ですか?」


「正解」


研究者や学者が集まる国。


七大国の知識の中心。


「フィア様のお兄様とお姉様もいるんだよぉ」


マーさんが言う。


「勉学のためです」


後ろからフィアの声。


王族も色々大変らしい。



「フェクダ王国」


これは誰も答えられなかった。


「機械国家だねぇ」


マーさんが説明する。


歯車。


工房。


水車。


武器製造。


農具開発。


七大国で使われる武器や道具の多くはフェクダ製らしい。


「なんか難しそうだな」


ダンが顔をしかめる。


「お前は絶対向いてないな」


ロイが即答した。


「なんで!?」


「説明書読まないだろ」


「読まなくても何とかなる!」


「壊す未来しか見えない」


周囲から笑いが起きた。



「そして最後」


マーさんの指が地図の北側を指す。


「メラク王国」


教室の空気が少し変わる。


「冒険者国家」


ロイが答える。


「その通り」


マーさんが頷いた。


「同時に防衛国家でもある」


魔王領に最も近い国。


だからこそ強い冒険者や兵士が集まる。


七大国の最前線。


自然と教室も静かになった。


「俺は行きたくねぇな……」


ダンが小さく呟く。


「死にそうだし」


「お前どこ行っても死にそうだろ」


ロイが言った。


少しだけ重くなった空気が和らぐ。



説明を聞きながら地図を見る。


アリオト。


ミザール。


メグレズ。


フェクダ。


メラク。


どこかで聞いたことがある名前だった。


少し考えて思い出す。


星だ。


確かそんな名前の星があったはずだ。


レグルスも同じだった気がする。


「こっちの世界にも星座とかあるんだな」


小さく呟く。


だが誰も聞いていなかった。



「次は世界そのものについてだねぇ」


マーさんが地図の外側を指差す。


そこには海が描かれていた。


「この世界は海に囲まれている」


「その先は?」


何となく聞いてみた。


「戻る」


「は?」


「一定以上進むと元いた場所へ戻される」


意味が分からない。


「昔からそうだぞ?」


ダンが言う。


「そういうものです」


後ろからフィア。


なんだこの世界。



最後にマーさんが小さな水晶を取り出した。


「レベル確認用水晶だねぇ」


見覚えがあった。


昨日使ったやつだ。


新人兵たちが順番に触れていく。


レベル1。


レベル2。


レベル2。


そんな数字が並ぶ。


そして俺の番になった。


水晶へ触れる。


淡い光。


そこに浮かんだ数字は――


レベル3


教室が静まり返った。


「え?」


ダンが固まる。


「は?」


ロイも固まる。


ケインまで目を見開いていた。


「もう?」


そんな空気だった。


俺は首を傾げる。


「変なのか?」


「変だねぇ」


マーさんが苦笑した。


「かなり」


珍しくフィアも同意する。


「一昨日の戦闘と昨日の訓練を考慮しても異常です」


そうなのか。


「さすが適応測定不能だねぇ」


マーさんが笑う。


俺は後ろを振り返る。


フィアと目が合った。


「なんだその顔」


「いえ」


少し間。


「少し引いています」


「正直だな」


ダンが吹き出した。


「勇者様化け物じゃん」


「体力はお前の方が上だろ」


「それはそう!」


なんで嬉しそうなんだ。


教室に笑いが広がる。


その時だった。


バタン!


勢いよく扉が開いた。


息を切らした兵士が飛び込んでくる。


「ミナさん!」


教室の空気が変わる。


ミナが立ち上がった。


「どうしたの?」


「王都西部の森で魔物の巣を発見しました!」


笑い声が止まる。


ミナの表情も真剣になった。


「規模は?」


「ゴブリン多数! 上位種の存在も確認されています!」


教室が静まり返る。


さっきまで騒いでいたダンですら黙っていた。


「分かった。ガルド隊長へ報告する」


ミナはそう言うと足早に教室を出ていった。



それからしばらく後。


再び教室の扉が開く。


戻ってきたミナの表情は真剣だった。


「ガルド隊長から連絡です」


教室中の視線が集まる。


「明後日、討伐隊を編成します」


空気が張り詰める。


そして。


「勇者様も同行するそうです」


沈黙。


数秒後。


「え?」


間抜けな声が出た。


その日一番の声だった。

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