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革命勇者  作者: 春風英人
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第九話 初任務準備


朝。


筋肉痛は少しだけマシになっていた。


……少しだけだ。


腕を回す。


まだ痛い。


足を動かす。


やっぱり痛い。


「慣れる日なんて来るのか……」


小さく呟き、部屋を出た。



訓練場へ向かうと、既に兵士たちが集まっていた。


「勇者様!」


聞き慣れた声。


ダンだった。


「おはようございます!」


「おはよう」


「昨日より元気そうですね!」


「昨日よりはな」


「昨日は本当に死にそうな顔してましたもん!」


笑いながら言うな。


ロイが苦笑する。


「ダン、お前も初日は同じだったろ」


「俺はもっと元気でした!」


「いや、地面に倒れて泣いてた」


「それは秘密!」


「秘密になってないぞ」


ケインが小さく笑う。


朝から騒がしい。


だが、その空気が少し心地よかった。


その時。


「整列!」


ガルドの声が訓練場へ響く。


一瞬で空気が引き締まる。


全員が素早く整列した。


ガルドは全員を見渡し、静かに口を開く。


「先日発見された魔物の巣についてだ。」


自然と背筋が伸びる。


「討伐は一週間後。」


思っていたより時間がある。


「その間、お前達は討伐へ向けた訓練を行う。」


ガルドの視線が俺へ向く。


「勇者様も同行する。」


「やっぱりですか」


思わず苦笑する。


ガルドは頷いた。


「実戦は実戦でしか学べん。」


「一週間で剣士にはなれない。」


「だが昨日のお前より今日。」


「今日より明日。」


「その積み重ねが生死を分ける。」


短い言葉だった。


けれど妙に納得できた。


「……分かりました」


「では始める。」



そこから一週間。


毎日、剣を振った。


朝から晩まで。


走る。


素振り。


足運び。


木人への打ち込み。


何度も。


何度も。


何度も。


最初は剣を握るだけで痛かった手も、少しずつ慣れていった。


「腰です。」


フィアの声。


「腕だけで振らないでください。」


言われた通り振る。


「違います。」


また言われる。


難しい。


剣一本振るだけなのに覚えることは山ほどあった。


「今度は良いです。」


その一言が少し嬉しい。


ほんの少し。


前へ進めている気がした。



模擬戦も毎日続いた。


当然、相手はフィアだ。


結果は――


全敗。


一度も勝てない。


一度も当たらない。


「遅いです。」


「踏み込みが甘いです。」


「視線で分かります。」


気付けば木剣が喉元へ突き付けられている。


「参りました。」


「はい。」


フィアは木剣を下ろした。


「ですが。」


珍しく言葉を続ける。


「最初より良くなっています。」


「本当か?」


「はい。」


「以前は力任せでした。」


「今は相手を見ています。」


「少しですが。」


少し。


それでも十分だった。


「ありがとう。」


「いえ。」


フィアは相変わらず表情を変えなかった。


だが。


ほんの少しだけ声が柔らかく聞こえた。



ある日。


訓練を見ていたガルドが近付いてきた。


「勇者様。」


「はい。」


「打ってきてください。」


木剣を構える。


全力で振る。


ガンッ。


いや。


違う。


流された。


もう一度。


ガンッ。


また流される。


三度目。


今度は踏み込みも意識する。


それでも。


剣は空を切った。


「……今のは?」


「受けていません。」


ガルドは静かに言う。


「力を逃がしています。」


「勇者様は力があります。」


「だからこそ正面から受ける方が危険です。」


なるほど。


だからフィアもガルドも受け止めない。


避けるか。


流すか。


「当たらなければ意味はありません。」


その一言が胸へ刺さった。


今の俺に足りないもの。


それは力じゃない。


当てる技術だった。



休憩時間。


「勇者様!」


ダンが木剣を持って走ってきた。


「一回お願いします!」


「俺とか?」


「お願いします!」


ガルドを見る。


「軽くなら構わん。」


許可が出た。


俺は木剣を構える。


ダンも構える。


「いきます!」


勢いよく踏み込んでくる。


俺も剣を振った。


ブォンッ!!


風が吹き抜ける。


「うわっ!?」


ダンが慌てて飛び退く。


木剣は当たっていない。


それでも風圧だけで前髪が揺れた。


「危ねぇ!」


「今の風圧!?」


「やっぱ無理です!」


「いや避けただろ。」


「当たったら終わりじゃないですか!」


ロイが呆れたように笑う。


「だから言っただろ。」


「勇者様とは打ち合うなって。」


「剣術じゃなくて災害なんだよ。」


「酷くない!?」


周囲から笑いが起きた。


俺も思わず笑ってしまう。


こうして笑える時間も、悪くなかった。



気付けば一週間はあっという間だった。


討伐前日の夜。


部屋へ戻る。


壁へ立て掛けられた一本の剣。


勇者の剣。


黄金の鞘。


黄金の鍔。


王から授かった剣。


この部屋へ来た日から、ずっとそこにあった。


けれど。


一度も抜かなかった。


何となく。


まだ自分には早い気がしていた。


本当に勇者になったわけじゃない。


まだ剣を振り始めて一週間。


そんな自分が、この剣を持っていいのか。


そう思っていた。


ゆっくり柄へ手を伸ばす。


少しだけ手が震えた。


静かに引き抜く。


シャッ――


澄んだ音が部屋へ響く。


白銀の刀身。


窓から差し込む月明かりを受け、静かに輝いていた。


思わず息を呑む。


綺麗だった。


ただ美しいだけじゃない。


人を守るための剣。


そして。


魔獣を斬るための剣。


軽く構える。


一週間握り続けた木剣とは違う。


それでも、不思議と手に馴染んだ。


初めて触れた日とは違う。


少しだけ。


ほんの少しだけ。


この剣を握る資格へ近付けた気がした。


「……よろしく。」


誰へ向けるでもなく、小さく呟く。


明日。


初めての任務へ向かう。


勇者として。


この剣と共に。



翌朝。


王都西門。


六台の馬車が整然と並んでいた。


荷台には食料。


飲み水。


予備の武器。


テントや毛布。


討伐に必要な物資が次々と積み込まれている。


兵士は八名。


ガルド。


ミナ。


中堅兵二名。


ダン。


ロイ。


ケイン。


そしてもう一人の新兵。


そこへ。


俺とフィアが加わる。


兵士側は全部で十名だった。


その向かいには。


二十人ほどの冒険者達が集まっている。


剣士。


槍使い。


弓使い。


斧を担いだ者。


大盾を背負った者。


皆、それぞれ武器を整えたり仲間と話したりしていた。


俺達が近付くと、自然と視線が集まる。


「おい。」


「あれ勇者様じゃねぇか。」


「本物か?」


「昨日の噂、本当だったんだな。」


「一撃で魔獣吹っ飛ばしたらしいぞ。」


「初陣でそれって化け物じゃねぇか。」


そんな声が聞こえる。


少しだけ居心地が悪い。


その一方で。


「……っていうか新兵まで来るのかよ。」


別の冒険者が眉をひそめた。


「討伐だぞ?」


「護衛じゃねぇんだ。」


「新兵のお守りまで追加か。」


「報酬そのままで仕事増えてんじゃねぇか。」


「足引っ張られたらたまったもんじゃねぇ。」


ダン達が少しだけ俯く。


ロイも苦笑いを浮かべるだけだった。


俺も何も言えない。


そう思われても仕方ない。


すると。


別の冒険者が笑う。


「まぁ今回は当たりだろ。」


「あ?」


「フィア様がいるじゃねぇか。」


「ああ。」


「あの人がいるなら生存率はかなり違う。」


「勇者様もいるしな。」


「いつもより安心できる依頼だ。」


だが。


年配の冒険者が首を横へ振る。


「逆だ。」


「フィア様が出る依頼ってことは、それだけ危険ってことだ。」


その一言で空気が少し静まった。


確かに。


強い人が来るということは、それだけ危険ということでもある。


その時だった。


「やぁやぁ。」


聞き慣れた声。


「勇者様。」


「……マーさん。」


当然のように輪へ入ってくる。


「なんでいるんですか。」


「失礼だなぁ。」


マーさんは懐から一枚の金属板を取り出した。


冒険者証だった。


「僕だって現役冒険者だからねぇ。」


「生活費くらい稼がないと。」


「そういやそうだった。」


「君、僕を何だと思ってるの?」


「暇人。」


「酷いなぁ。」


周囲の冒険者達が笑う。


「また来たのか。」


「今回はちゃんと働けよ。」


「おサボりだけは一流だからな。」


「聞こえてるよぉ。」


マーさんは肩を落とす。


「僕だってちゃんと働いてるよ。」


「嘘つけ。」


また笑いが起きた。


どうやら冒険者達とも顔見知りらしい。


その笑い声の中。


一人だけ静かに武器を整えている男がいた。


肩へ片手斧を担いだ青年。


レオだった。


向こうも俺へ気付く。


「よう。」


「ああ。」


短い挨拶。


それだけだった。


レオの隣には二人。


長弓を背負った女性。


「エマです。」


軽く頭を下げる。


その横には。


大盾を背負った大柄な男。


「バルドだ。」


どちらも落ち着いた雰囲気だった。


「同じ隊になる。」


レオが短く言う。


「よろしく。」


「こちらこそ。」


握手はない。


それだけで十分だった。


その時。


「整列。」


ガルドの低い声が響く。


兵士も。


冒険者も。


一斉に動く。


先程までの雑談が嘘のようだった。


ガルドは全員を見渡す。


「今回の討伐隊は兵士八名。」


「勇者様、フィア様を加え十名。」


「冒険者二十名。」


「総勢三十名で討伐を行う。」


全員が真剣な表情になる。


「本来、新兵を討伐へ参加させることはない。」


ダン達の表情も引き締まった。


「だが今回はゴブリンの巣だ。」


「実戦経験を積むには適している。」


「もちろん危険と判断した場合は即座に下がらせる。」


そこで一度言葉を切る。


「ただし。」


空気が変わる。


「巣では亜種の目撃報告がある。」


誰も口を開かない。


「気を抜けば死ぬ。」


その一言だけで十分だった。


ガルドはゆっくり頷く。


「本日の目的地は野営地だ。」


「馬車で移動し、日没前に到着する。」


「明朝より徒歩で森へ入り、巣を攻略する。」


全員が返事をする。


「出発。」


御者達が手綱を握る。


馬がゆっくり歩き始めた。


王都の城門を抜ける。


石畳の音が少しずつ土の道へ変わっていく。


俺は馬車へ乗り込む。


同じ馬車には。


ガルド。


フィア。


マーさん。


そして御者席にはダン。


「任せてください!」


「ちゃんと前見ろよ。」


「もちろんです!」


元気だけは一人前だった。


馬車がゆっくり揺れ始める。


窓の外を見る。


王都レグルス。


この世界へ来てから過ごした街が、少しずつ遠ざかっていく。


俺は静かに勇者の剣へ手を添えた。


初めての任務。


その始まりを告げるように、朝の風が馬車の窓から吹き込んできた。

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