第七話 勇者の訓練
怒涛の二日間を過ごしたエイジ。
三日目からは勇者としての訓練が始まる。
果たして彼に隠された才能はあるのだろうか。
目を覚ますと、見慣れない天井が視界に入った。
夢じゃなかったらしい。
少しだけため息を吐く。
異世界に来てからまだ数日。
だが濃すぎる出来事のせいで、もう何週間も経った気分だった。
身支度を整え部屋を出る。
今日から本格的な訓練が始まる。
王城の訓練場へ向かうと、既に多くの兵士たちが集まっていた。
「勇者様だ」
「思ったより普通だな」
「聞こえてるぞ」
そう言うと兵士たちが慌てて目を逸らした。
その中から一人の男が前へ出る。
「俺はガルドです。訓練場の管理を任されています」
三十代くらいの兵士だった。
続いて女性兵士が頭を下げる。
「ミナです。よろしくお願いします」
そこからさらに数人の兵士が自己紹介してくれた。
「ダンです!」
「ロイです」
「ケインです」
「よろしくお願いします!」
元気だな。
「では始めます」
フィアが前へ出る。
「まずは基礎体力の確認です」
嫌な予感しかしなかった。
◇
「訓練場を五周してください」
周囲の兵士たちが顔を見合わせる。
「少なくないか?」
「新人でも十周だぞ」
聞かなかったことにした。
走り始める。
一周目。
余裕。
二周目。
まだいける。
三周目。
少し息が上がる。
「おーい勇者様!」
横から声が飛んできた。
振り向く。
誰だ。
「で、誰だっけ」
「ダンだよ!!」
男が叫んだ。
「たく、覚えてくれよぉ!」
「無茶言うな」
「まだ朝だぞ!?」
「だからだよ」
ロイが横から苦笑する。
「俺は?」
「ダン」
「ロイだよ!」
「似たようなもんだろ」
「全然違うわ!」
周囲から笑いが起きた。
だが笑う余裕はすぐになくなった。
四周目。
足が重い。
五周目。
肺が痛い。
もう無理だ。
そう思った瞬間。
横をフィアが追い抜いていく。
「遅いです」
「知ってる……」
ゴールした瞬間、俺は膝に手をついた。
息が苦しい。
「勇者様大丈夫か?」
ダンが笑う。
「全然大丈夫に見えねぇぞ」
「見たまんまだ……」
そのまま地面に座り込んだ。
王国を救う前に体力を救った方がいい気がする。
◇
少し休憩した後、今度は素振りだった。
木剣を渡される。
「振ってください」
言われた通り振る。
ブン。
「遅いです」
フィアが即答した。
「早くない?」
「遅いです」
二回目。
「足運びが駄目です」
三回目。
「重心が不安定です」
四回目。
「力みすぎています」
容赦がない。
「つまり?」
「初心者です」
知ってた。
ダンが吹き出した。
「勇者様ボロクソだな」
「笑うな」
「だって面白いし」
「後で覚えろよダン」
「覚えてた!?」
なぜか喜ばれた。
◇
「では見本をお見せします」
フィアが木人の前へ立つ。
一歩踏み込む。
剣が振られた。
そこまでは見えた。
だが。
次の瞬間には木人が斬れていた。
胴体がずるりと滑り落ちる。
「え?」
何をした。
剣を振ったのは見えた。
だが何をしたのか分からない。
「今何した?」
「斬りました」
「それは分かる」
ガルドが苦笑する。
「王女殿下は王国でも指折りですから」
「一昨日の戦いでは見えてた気がしたんだけどな……」
「勇者様でも分かる速度で動いていましたので」
「今は?」
「訓練ですので」
意味が分からない。
◇
続いて俺の番だった。
「軽く一撃お願いします」
ガルドが言う。
「軽くだぞ」
「分かってる」
木剣を構える。
振り下ろす。
ドゴォォォォン!!
轟音が響いた。
木人が吹き飛ぶ。
数メートル先まで転がり、壁へ激突した。
訓練場が静まり返る。
そして。
ミシミシッ。
木剣に亀裂が入った。
バキッ。
真っ二つに折れる。
「……」
「……」
ミナが静かに手を挙げた。
「ガルド隊長」
「なんだ」
「軽くお願いしますって言いましたよね?」
「言ったな」
「ですよね」
俺もそう思う。
「いや俺だって軽く振ったんだぞ?」
「木人が可哀想です」
木人が同情されてた。
……ごめん、木人。
◇
昼休憩。
訓練場の隅の芝生へ腰を下ろす。
配られた昼食を見る。
肉。
スープ。
焼きたてのパン。
思わず手が止まった。
「どうしました?」
フィアが聞く。
「いや……」
言葉に迷う。
こんな食事は初めてだった。
本当に。
生まれて初めてだ。
「食べないのですか?」
「食べる」
一口。
美味い。
思わず黙る。
もう一口。
やっぱり美味い。
気付けば夢中で食べていた。
「勇者様食うの早いな」
ダンが笑う。
「もう二杯目だぞ」
「え?」
本当だった。
いつの間にか空になっている。
「そんなにですか?」
ミナも少し笑う。
「ああ」
正直に答えた。
「めちゃくちゃ美味い」
ガルドが苦笑する。
「料理人が喜びますよ」
◇
午後。
模擬戦だった。
相手はフィア。
「一撃でも当てれば勇者様の勝ちです」
「待て」
俺は手を挙げた。
「俺の一撃当たったら危なくないか?」
木人は吹っ飛んだ。
少し心配になる。
だが。
「問題ありません」
フィアは即答した。
「いや問題あるだろ」
「当たりませんから」
そう言って。
ほんの少しだけ口元を緩めた。
初めて見る笑顔だった。
思わず言葉が止まる。
「言ったな。当たっても知らないからな」
そうして俺はフィアに斬りかかった。
◇
結果から言おう。
惨敗だ。
その場には体力が尽きて芝生に倒れ込んでいる俺がいた。
「勇者様、大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫……」
息を整えようとして失敗する。
「なわけ……はぁ……はぁ……ないだろ……」
全然大丈夫じゃない。
振っても振っても一撃も当たらない。
どころか。
ほとんどまともに動かすことすら出来なかった。
フィアは大きく動いていたわけじゃない。
むしろ逆だ。
紙一重。
本当にそれだけの動きで俺の剣を避け続けていた。
そして振り終わった隙に木剣が飛んでくる。
肩。
腕。
足。
もちろん手加減はされている。
だが痛いものは痛い。
そしてこのザマである。
こんちくしょう!
「立てますか?」
「無理」
即答した。
「まだ十分ほどしか経っていません」
「嘘だろ……」
体感では一時間は戦ったぞ。
ダンが遠くから笑っている。
「勇者様弱ぇ!」
「うるさい!」
「木人の方が強いんじゃないか?」
今度はロイだった。
「うるさい!」
その日の訓練は、まだ終わらなかった。




