第三話 英雄譚
勇者。王女。
そして、物語を愛する魔術師。
少しずつ物語が動き始めます。
「本日より、あなたの護衛を務めます」
フィアはそう言ったきり、
それ以上何も喋らなかった。
謁見が終わり、
俺たちは城の廊下を歩いている。
前を歩く銀髪の少女。
腰には剣。
王女というより、
騎士みたいな雰囲気だった。
「……なぁ」
「なんでしょう」
「お前、本当に王女なのか?」
フィアの足が少し止まる。
「どういう意味ですか」
「いや。もっとこう……偉そうなの想像してた」
そう言うと、
フィアは少しだけ考えたあと、
「あなたももっと勇者らしい人を想像していました」
と言った。
「お互い様か」
「そうですね」
そこで会話が終わる。
……続かないな。
城を出ると、
外はかなり賑わっていた。
大きな街だ。
石畳の道。
露店。
見たことのない食べ物。
鎧を着た兵士も普通に歩いている。
本当に異世界なんだな。
「今日はまず街を案内します」
フィアが言う。
「勇者として活動するなら、最低限地理は把握してもらう必要がありますので」
「了解」
「それと」
フィアは少しだけこちらを見る。
「国王様からの伝言です」
「伝言?」
「勇者様はこの国の希望です。どうか無理だけはしないように、と」
感情の薄い声だった。
けれど。
その言葉は、
ただ命令を伝えているだけにも聞こえた。
希望。
またその言葉か。
期待されているのか。
それとも。
期待されている“役割”があるだけなのか。
まだよく分からなかった。
その時だった。
「やぁ」
後ろから声がした。
振り返る。
そこには、
黒いローブを被った人物が立っていた。
転生の間にいたやつだ。
「……誰だ?」
「これは失礼」
黒ローブは軽く礼をする。
「魔術師のマーさんだよ」
「……マーさん?」
「うん。気軽にそう呼んで」
軽い。
というか怪しい。
フィアが小さく眉を寄せた。
「……またあなたですか」
「おや。覚えていてくれたんだね」
「有名ですから」
歓迎している感じではなかった。
「魔術師って……魔法使いじゃなくて?」
俺がそう聞くと、
黒ローブ――マーさんは小さく笑った。
「魔法使いではないかな」
「違うのか?」
「そもそもこの世界に、魔法なんてほとんど存在しないからね」
「そうなのか?」
「勇者召喚くらいじゃない?」
さらっととんでもないことを言われた気がする。
「じゃあ魔術ってなんだ?」
その瞬間。
ローブの奥で、
少しだけ笑みが深くなった気がした。
「理を捻じ曲げる技術かな」
……分からん。
フィアが小さく息を吐く。
「この人は特殊なんです」
「特殊?」
「スキルを持っていないのに戦えるので」
「スキルなし?」
思わずマーさんを見る。
この世界、
スキルが当たり前なんじゃなかったのか。
「まぁ色々あってね」
マーさんは軽く肩を竦めた。
「でもそのおかげで、
こういう珍しいものが好きになった」
その視線が、
真っ直ぐこちらへ向く。
「革命、なんてオリジナルスキル初めて見たよ」
ローブの奥で、
口元だけ笑った気がした。
「しかも測定不能」
「……そんな珍しいのか?」
「珍しいなんてもんじゃない」
マーさんは楽しそうに言う。
「歴代勇者の英雄譚は大体読んだけど、そんなもの一つもなかった」
英雄譚。
その言葉を、
マーさんは本当に楽しそうに言った。
「物語が好きなのか?」
「大好きだよ」
即答だった。
「世界を救った勇者。
国を滅ぼした魔王。
人の想い。
裏切り。
愛。
絶望」
まるで子供みたいに、
楽しそうに語る。
「そういうのって、美しいだろう?」
……変なやつだ。
フィアが一歩前へ出る。
「勇者様に何の用ですか」
「別に?」
マーさんは笑う。
「ただ興味があるんだ」
その視線が、
真っ直ぐこちらへ向いた。
「君の物語に」
空気が少し止まった気がした。
「君はきっと、
今までにない勇者になる」
マーさんはゆっくり続ける。
「だから近くで見てみたい」
そして。
「できれば、
その物語の登場人物の一人としてね」
怪しい。
めちゃくちゃ怪しい。
「断った方がいいです」
フィアが小さく言う。
「こいつ、そんな危険なのか?」
「危険というより……掴めません」
「ひどいなぁ」
マーさんは笑う。
でも否定はしなかった。
「……まぁ別にいいんじゃないか」
俺がそう言うと、
フィアがこちらを見る。
「本気ですか?」
「どうせ異世界のこと何も分からないし」
それに。
こいつは怪しいけど、
敵意は感じない。
少なくとも今は。
「というわけでよろしく、マーさん」
「うん。よろしく、勇者くん」
マーさんは嬉しそうに笑った。
その瞬間だった。
——ゴォォォォン!!
巨大な鐘の音が街中へ響き渡る。
空気が変わった。
周囲の人々が一斉にざわつく。
兵士たちが走り出す。
「……なんだ?」
フィアの表情が変わる。
初めて感情が見えた。
緊張。
遠く。
城壁の方角から、
黒い煙が上がっているのが見えた。
「西門付近に魔獣出現!」
「避難を急げ!」
兵士たちの怒号が飛び交う。
街の空気が一瞬で変わっていく。
子供の泣き声。
逃げ惑う人々。
その様子を見て。
フィアの表情がさらに険しくなる。
「勇者様。どうか力をお貸しください」
「いきなりかよ」
「もし魔王軍の魔獣なら、勇者様の力が必要です」
フィアは真っ直ぐ前を見る。
その声は冷静だった。
けれど。
そこには確かな緊張が混じっていた。
隣で。
マーさんが楽しそうに呟く。
「おお」
ローブの奥で、
笑みが深くなる。
「——始まったね」
英雄譚は、平穏の中では始まらない。
次回、勇者は初めて“異世界の現実”を見ることになります。




