2-7 騎士と理由と想いと
季節が巡り、ツヅルは十二歳となった。
伸びない伸長。
成長しない精神。
変わらない無垢さ。
セオドア達はツヅルの代償が成長だということを確定させた。
このことはユウゴも薄々気付いており、訓練の休憩時間にエイダンに相談していたりもする。
ツヅルは気付いていない。
気付かないようにしているのか、本当に気付いていないのかはわからないが、「大きくなって、お兄ちゃんと一緒に騎士になってがんばるんだ!」と明るく前向きにセオドアの下で学び続けている。
本人に伝えることはまだ止めている。
わかったときのツヅルがどういう反応を示すのかが未知数で、場合によっては王国の敵になってしまう可能性だってある。セオドア達は慎重にならざるを得ないのだ。
勿論ツヅルのことを考えて、城内の者達や第一騎士団の者達にはこのことに決して触れずに、ツヅルに気付かせないように、王命を使って箝口令を敷いている。
「またね、セオドア様達と城下町に行ったんだよ?そしたらね、またお菓子屋さんの人がおまけにクッキーくれて、ミアさんと一緒に食べてね、おいしかった!」
ユウゴの膝枕でゆっくりとくつろぎながらその日あったことを日課のように話すツヅルの言葉を、ユウゴは相づちをうちながら聴く。
城下に行く回数が少しずつ増えている。
セオドア達はユウゴに言っていた。少しでも楽しいと思えることを増やしてあげたい、と。
楽しいと、生きていて嬉しいと思えることがあると知っていれば頑張れる。生きていける。ツヅルに事実を伝えることを躊躇う大人にできる足掻きでしかないのかもしれないが、それでもツヅルを思い遣る気持ちからくる行動をユウゴは否定することなどできなかった。
「いつかお兄ちゃんとも行きたいなぁ……。お店で食べるごはんもおいしかった。お兄ちゃんと一緒に食べたいって思った。…………あと四年、ボクが十六歳で大人になって騎士になったら、一緒にお出かけしてもいいんだよね?…………大人かぁ…………」
眠気が強くなりツヅルの瞼が緩慢な動きで閉じたり開いたりを繰り返し、声が段々とこもったものに変わっていく。
眠ってもいいのに、話したくて眠らない。
毎日が早く過ぎて、毎日が新しい発見の連続で楽しい。
今色々と経験出来て楽しいのはユウゴが助けてくれたからだと、直接的な言葉ではなく思い出を共有することで伝えたい。
「眠いなら寝ろ。明日起きれなくなるぞ」
「ん……。ありがと……おにいちゃん…………」
体を捻ってユウゴの腹に顔を埋めるように向きを変え、視界を暗くする。
ゆっくりと繰り返される熱を込めた吐息がユウゴのシャツを薄っすらと湿らせ、布越しに割れた腹筋を温めていく。
くすぐられているようで少しだけむず痒い。しかし変に動いては寝始めたツヅルが起きてしまうと思うと我慢してツヅルが完全に寝てしまうまで待たなければならないと考えてしまう。
過保護なのはわかっている。
もう出会って四年は経つのに、自分はツヅルのことを大事にし続けてしまう。
自分が助けた責任か。
騎士としての責任か。
騎士長達に大切にしろと言われたからか。
否、どれも理由ではあっても核心ではない。
ただ、守りたいと思った。
ただ、助けたいと思った。
ただ、支えたいと思った。
ただただただただ、そういった理由を付けて自分を納得させているだけだ。
本当は一緒に居たいだけだ。
親を亡くした自分と重ねたから。一人で泣くツヅルを放っておけなくて、一緒に居てあげたいと思ったのが始まりだったかもしれない。
大切な人達を失って何も無かった自分も、ツヅルがいてくれれば誰かの大切な人間になれるんじゃないかと思ったのもある。
甘えてくる、頼ってくるツヅルが愛しくも感じた。
辛さも涙も飲みこんで生き続けるツヅルが、自分にだけ寄り添って、自分にだけ無防備になる。毎日のこの時間をツヅルが拒むことは無かったし、ユウゴ自身も拒むことは無かった。
ツヅルの為に強くなる。
―――生きることに理由が欲しかった。
父親みたいに強い男になりたかった。
悲しむ母親を守りたかった。
幼い頃、自分で考えて見つけた理由は、しかし、生まれ育ったオルトビルム王国での理由は両親の死亡で全て消え、人攫いに遭って奴隷として連れてこられたアステイス王国で生きている理由は思うように作れなかった。
だから人との繋がりを自分から作ることは無かった。
孤児院でセイ・アクアリオが積極的に関わってくるまでは。
理由が欲しかったユウゴは、「セイが遊ぼうと言うから」「セイが騎士になりたいと言うから」「セイが守りたいのなら、自分も守ればいい」と、セイが示す道に自分を同調させ、セイを生きる理由にしていた。決して嘘ではない言葉を紡ぎ出しながら。
そして、騎士になればその職務が生きる理由となった。『アステイス王国の全てを守る』という理由を与えられた。
だが、あの日いつものように任務で訪れた辺境の村でツヅルに出会った。
それまでの全てを失ったあのときの自分と似た年齢の子どもが、それでも折れずに立って歩こうとして苦しむ姿を見て、一緒に居たいと願った。
願い、寄り添い、気が付けば自分の中の一番大切なモノになっていた。
ツヅルの真っすぐさも、純粋さも、幼さも、脆さも、危なさも、甘えも、強さも全てがツヅルで、大切で。
今はまだ。しかし、必ず強くなって、いつかは自分だけでもしっかりと守れるようにと。
「俺は、ちゃんとお前の家族になれてるよな……、ツヅル…………。俺には、お前が必要だ…………。大切だ…………」
深い眠りに落ちていくツヅルは何も答えない。
が、寝返りで仰向けになったツヅルは微笑むような寝顔をユウゴに見せ、心から安心しきっているようであった。
ゆっくりと安定したリズムで繰り返される寝息は、ツヅルが完全に眠ったことをユウゴに伝え、ユウゴは改めてベッドに寝かせ直し、布団を肩までしっかりと被せる。
「おやすみ、ツヅル」
言って、そっと少年の額にそっと、硬くなった唇を当てて離れる。
柔らかい肌にひび割れた唇に弾む感触を与え、それだけで少し照れてしまう。
ユウゴは自然な流れで自分がツヅルの額にキスをしたことを、離れた瞬間に認識し、勢いよく熱を放ち始める顔に手を当てて恥ずかしさを押し殺そうとする。
「…………俺…………」
自分に芽生えていた感情を理解し、ユウゴは一人小さな声で呟いた。
大切で、守りたいということに理由があるのだとしたら、それは―――
「…………好き…………なのか…………?」
衝動的に突き動かされる程の行為の感情を抱くのは初めてなユウゴは、ツヅルが眠っていることに安心してしまう。ツヅルにとっては頼れる、守ると誓った騎士である兄が未熟に狼狽える姿など見せたくなかった。
プライドと言えばプライド。
だが、実際はただ恥ずかしいだけ。
他人にも自分にもあまり興味が無かった自分が、まさか愛情のような感情を抱くとも思っていなかった。
全部、ツヅルが来てから変わり始めたことだ。
本人にはまだ言えないが、エイダン経由で教えられたツヅルは成長できないという事実。
だが、ツヅルは自分を成長させてくれた。
あまりにも皮肉で、ツヅルに謝りたくなってしまう。
成長しないツヅルの代わりに成長し続ける自分や世界。
ツヅルが成長できるようになるかどうかもわからない。
であればせめて自分は、ツヅルに恥じないように成長し続けようと、ユウゴは眠っているツヅルの方に視線を向けて誓った。
生きていたら父親や母親はこんな自分を見てどう思い、なんて言うのだろうか?
よくちょっかいを掛けてきた幼馴染の貴族の倅はなんて言うだろうか?
笑って茶化すか、静かに認めてくれるか。それとも怒るか。
だが、なんと言われても、どんな反応を返されてもいい。
ユウゴは自分の中だけで色々と思考を繰り返しながら、自分もツヅルの横のベッドで眠りについた。
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