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大人になれない少年と王国騎士  作者: 高丘楓
第二章:力を求めて

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2-8 失う者と求める者

 「ツヅル・ヴァーゴ。君は大人になることができない」


 セオドアの言葉を、アッシュ、エルゥ、エイダン、ユウゴ、そしてツヅルは静かに聴いていた。

 ツヅル以外は知っていたこと。

 ツヅルには伝えられなかったこと。


 覚悟を決めたセオドア達はその日、始まりの部屋でツヅルに告げた。


 小さな手が握っている大きな手には、小さな手を通して伝わる震えが確かに感じられた。

 小さい体は震え、その言葉を飲み込むために何度も何度も咀嚼を繰り返す。

 大きな手はただその手を包み込むだけで、何か行動をすることは無かった。

 だが、手は繋がったまま、ツヅルはユウゴの方を向いて、ユウゴもその動きに合わせてツヅルと対面する。


 乗り越えないといけないことであるとはわかっていた。

 先に知っていたユウゴでさえ、確定した情報を飲み込むのにはやはり覚悟と時間が必要だった。


 ツヅルが早く大きくなってユウゴと肩を並べて騎士になることを望んでいたことをこの場に居る全ての者が知っている。それを今、否定したのだから飲み込むのに時間がかかるのも仕方がない。

 仕方ないという言葉で片付けてしまうことを無力だと感じる大人達は、心配そうな瞳でツヅルを見つめる。


 「…………なんとなく…………知ってた…………」

だが、ツヅルから返ってきた言葉は自分に対する告知を受け入れたかのようなモノだった。

「神様がね、言ってたんだ…………。ボクの成長を糧に、ボクと一緒に成長するって…………」

だから受け止めることができた。というよりかは納得いったと言う方が正しいかもしれない。


 「だからボク……、怖くなんてないよ?……ボクが願ったことだから……だから…………」


 怖くはない。

 怖さではない。


 ―――悲しいだけだ―――。


 わかっているのと飲み込めるのとでは全く別で、大人になることを、ユウゴと肩を並べることを夢見ていたツヅルにとってその現実は辛くのしかかる。


 噛み砕き切れずに呑み込めなかった感情がツヅルの表情に溢れたのを見て、ユウゴはツヅルを強く抱きしめてその気持ちの揺れを受け止めた。


「…………ボクは大人になれないの?」


 少年は一人寂しそうに呟き、強くあろうと振る舞おうとするが、頬を伝う温かな雫が彼の幼さと堪え切れない悲しみを目の前の青年に教える。


 力の代償。

 人を守る為に。

 人を救う為に。

 自分の意味を見出す為に。

 大切な人と笑顔でいる為に。


 その為に犠牲にしたモノは、彼が憧れていたモノから彼を遠ざける。


 「泣くな。……お前は強い。大人だったとしても、大人になんかなれなくっても、お前はお前だ。俺がずっと守りたいと、側に居たいと思うお前だ……」


 強く抱きしめる腕の中で震える少年を感じながら、彼は柔らかな少年の髪の毛に顔を埋めるように近づき、そして温かい吐息と共に少年の耳元で囁く。


 「ずっと、一緒に居よう……、ツヅル。お前にしか開けない未来だってある…………」


 「ぼく……ここにいても……いいの……?……ぼく……ずっとこどもなのに……おにいちゃんといっしょにいても…………いいの…………?」


 大人になれないということは、成人もできないということ。

 成人できなければ騎士団にも入団することができず、目標であった十六歳での騎士団編入もできずにユウゴと離れなければならなくなる。

 そんな考えが頭の中をぐるぐると回り続け、顔を涙でぐちゃぐちゃに濡らしながら嗚咽のように泣き続けた。


 言われてみれば八歳のあのときから身長も変わらず、ユウゴとの差も縮まず、勉強は覚えていくけれども思考は幼いまま変わることが無かった。

 不変に近い現象は、ツヅルが聖樹の槍を手に入れた代償でしかない。


 力は育っていく。

 ツヅルの成長を糧にして。ツヅルの成長を吸収しながら。


 「ツヅル。涙を拭いて、よく聞くんだ」

セオドアが動いたことでユウゴはツヅルから抱きしめていた腕を放す。そして、それを確認したセオドアは泣きじゃくるツヅルに歩み寄り、手でツヅルの涙を拭って視線を合わせるようにしゃがみこむ。

「希望が無いわけじゃない。君のその槍の力はまだ未知数な部分がある。…………これから、その槍の使い方の練習もしていこう。いいかい?」

優しく包むような声で、セオドアは涙を堪える少年に言い聞かせる。

 それまではリスクだけを考えて使わないようにしてきたが、もしかしたらツヅルの成長に合わせて、聖樹の槍の性能自体も変わっていく可能性だってある。


 「君の槍が司るのは、希望と調和の力だ。君が希望を捨てない限り、きっとその槍も応えてくれるよ、ツヅル」

「きぼう…………」

泣き止んだツヅルは小さな声で呟き、ユウゴの手をギュッと握り締める。


 「ユウゴ、いいな?お前は過保護だから、坊主がその槍の力を使うことを恐れてる。また長いこと眠るんじゃねぇかってな。でもな、儂達もそうだが、自分の代償は自分で乗り越えなきゃいけねぇ。お前が乗り越えるべきものじゃねぇんだ」

エイダンは止めに入ろうとすると思ったユウゴに対して先手を打って伝えた。

 自分を解決できるのは自分だけだと。

 選ばれてもいない人間は、黙って見守っていろと。


 一見すると厳しいその発言も、しかし道理でしかないのも事実。

 ユウゴは何も言い返さずに深く頷いてエイダンの言葉を受け止める。


 「セオドア、坊主の守は儂とユウゴに任せる気はねぇか?」

エイダンは笑みを浮かべながらセオドアに言い、セオドアは数秒考え込むがそれを認めた。騎士団をまとめる立場のアッシュを王都の外に出すわけにもいかず、癒しを求めて王都まで来る者達の対応をするエルゥも遠征させることはできない。そして、城の防衛の要であるセオドアも王都を離れるわけにはいかない。

 結局は、一番動きやすい傭兵であるエイダンに任せるしかないのだ。


 「くれぐれも用心して下さいよ?エイダン様。貴方はどうも無茶を楽しむ癖がある…………」

「大丈夫だ大丈夫。最古参の祝福を受けた者として、ひよっこの世話は任せておけ。とりあえずは、この王国の移動できる場所全てを回りつくすぐらいの気持ちで遠征するぞ!」

「エイダン様!?」

流石のセオドアも、エイダンの突拍子もない発言に驚き、大きな声を出してしまう。


 「一年かけてこの国を旅する。勿論魔物の討伐や瘴気汚染の浄化も込みだ。息子と孫と旅行しているようなもんだし、問題無いだろ?」

ガハハと大口を開けて笑いながらユウゴとツヅルの間に立ち肩組みをし、自分の方へと一気に引き寄せる。


 「じゃあ神殿には私から連絡入れておくから、必要なら各地の神殿や教会で、無償で怪我を治してもらっていいわよ。あと、瘴気汚染が発見された場所とかがあれば伝えるようにさせるわ」

 「なら、俺は各騎士団にエイダン様達が国中を行脚することを伝えておこう。何か派手なトラブルに巻き込まれたりしないように注意しておかなければならないし、魔法伝話の使用許可も出しておきますよ」

エルゥとアッシュが呆れた笑みを浮かべながらそれぞれの権力を使った対処を口にする。


 「なんで冷静なんですか、二人とも。…………ハァ…………。まぁ行くなと言っても行くことはわかっているから止めはしませんが、ちゃんと定期的に、……そうですね、一週間に一回はどこで何をしているかの報告を送って下さい。あと、絶対ツヅルの安全は確保して下さいよ?わかってますよね?」

セオドアは頭を押さえながら豪快に笑うエイダンに小言のように言う。

 それを笑い続けながら適当な返事を返すエイダンに不安が無いといえば嘘になる。


 「すぐに出発というわけにもいかねぇし、儂も傭兵組合の組合長としての仕事自体はあるからな。そいつを引継ぎして動けるように調整はしとかねぇといけねぇ。……そうだな。次の春、王都の洗礼式の日に出発するぞ。わかったな?セオドア」

「わかりましたよ。それまでにツヅルには旅で必要な知識も勉強させます。魔法も少し使えるようになっておいた方がいいか……。ツヅル、頑張れるかい?」

セオドアはツヅルに改めて訊き、ツヅルは小さく頷いて肯定する。


 その様子を見て、ユウゴは少しだけ胸を撫で下ろした。


 この旅で希望を見つけないと。

 ツヅルが少しでも大人に近づくことができるように。

 彼が絶望しないように。

 大切な弟だから守りたい。

 いや、大切な好きな人だから守りたい。


 ツヅルはユウゴの顔に視線を向け、それに気付いたユウゴも視線をツヅルに合わせる。

 そして、ツヅルが微笑むのを見て、自分もまた、口元を緩ませた。


 全ては、ツヅルの成長の為に。ツヅルの笑顔の為に。

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