2-4 不器用な騎士と明るい幼馴染の騎士
「久しぶりだね、ユウゴ。いつの間に騎士団を辞めたんだい?」
傭兵組合の訓練場での模擬戦闘もひと段落付き、傭兵組合の建物に併設されている食堂で昼食を取っているとき、一人の青年がユウゴに声を掛ける。
白地に第三騎士団所属を表す灰色のラインが入ったサーコートを纏った男は、食事を乗せたトレーを持ってユウゴとテーブルを挟んで向かいに座り、ニコニコと笑顔でユウゴの顔を見つめる。
「出向だ。詳しいことは言えん」
「つれないね、幼馴染に対して隠し事は感心しないよ?」
「お前も騎士なら、守秘義務があることぐらいわかるだろ。特に、第三騎士団所属なら。だろ?セイ」
この男は中々に掴みどころが無い。
幼馴染であり同期で王国騎士団に入団した仲であっても、ツヅルのことについて詳しい事は言えない。
セイ・アクアリオ。
ユウゴと同じ町出身で同い年であり幼馴染の、アステイス王国第三騎士団所属の騎士。アクアリオ侯爵家の三男で、ユウゴを焚き付け騎士団に入団するきっかけとなった男だ。
そよ風にもなびく艶やかな金色の髪と優し気な端整な顔立ちが相俟って、女性からの人気も高い、ユウゴとは対極に位置するような男ではあるが、幼い頃からユウゴのことを気に入っており、初めて出会ったときからずっと、魔法の素質を認められて入学した王立学園時代も、騎士団の入団試験も、訓練生時代も、正式な入団後、配属部隊が別になるまでは一緒に行動するくらいにはよくつるむ友人であった。
そして、彼の所属する第三騎士団は、諜報・工作部隊として特化しており、そこの団員であるセイも例外なく、情報収集能力に長けていた。
「まぁ分かってはいるよ。守秘義務もそうだし、君が騎士長様からの命令でエイダン様に訓練をつけてもらっていることも」
「なら訊くな。…………面倒だ」
「そう言わないで、せっかくの再会なんだよ?もうちょっと嬉しそうにしたりできないかな、ユウゴ」
ユウゴの反応が楽しくないのかつまらなそうに片肘をテーブルに突いて、皿の上に乗っていた炙りベーコンと野菜のサンドウィッチを摘まんで口に運ぶ。
「で?お前こそ、なんで傭兵組合に来ている?」
疲れたため息をつきながら、不愛想にセイとの会話を続けるように質問をする。本当はこんなことに体力を使いたくないと思いながらも、なんだかんだで幼馴染を無下にすることはできない。
「守秘義務だよ、ユウゴ君」
手にしたサンドウィッチを手首の動きだけで軽く横に振り、ふふんと鼻を鳴らしながら得意げに目の前の男に伝える。
少し気を遣えばこうだ。
ユウゴは苛立ちと呆れで再び深いため息を吐き、木製のコップに注がれていた紅茶をモヤモヤした気分と一緒に一気に胃に流し込む。
「冗談だよ、冗談。全く、ユウゴは相変わらずなんだからさぁ。もう少し気楽に生きても誰も文句言わないのに」
「そういう問題じゃねぇ。それに、これは性格だ」
「知ってるよ。こう見えても僕は、君の理解者だとは思っているしね」
軽い調子で流そうとするのを威嚇するように素っ気無い返事をし、それを聞いたセイが笑いながら静かに落ち着いた声でユウゴに伝える。
「…………で、どこまで知っている。セイ」
笑ってテンションが少し高い状態はからかっているだけ。しかし、笑いながらも静かな話し方になるということは、割と真剣だということをユウゴは知っている。
そんな彼が、静かで落ち着いた声で言ってきたのだ。何も無いわけが無いと、ユウゴは幼馴染に問う。
「君が割と面倒な案件に足を突っ込んでいるってことは知っている。そして、君がそこから抜け出る気が無いことも。教えて欲しい。―――君は、この国の生きる伝説達と一緒になって、何をしているんだい?」
顔は笑っていても、瞳は全く笑っていない。
彼は本気で幼馴染である自分のことを心配しているのだと直感で理解できる。
「君と一緒に生活している子どものこともわかってはいるつもりだよ。君がシタン村で保護した子っていう表面上の情報だけはね。……あぁ、これは勘違いしないでほしいんだけど、僕は別に、団長達の命令で情報を集めているわけじゃない。僕の個人的な知的好奇心で君に訊いているんだ」
「すまねぇ。俺から詳しいことを言うことはできない。だが、アイツは……、ツヅルは、俺が守ると誓った。アイツの兄になってずっと守ると」
真剣なセイに嘘をつくことはできない。しかし、正式に発表されるそれまでは、ツヅルの事情を教えるわけにはいかない。
「そっかぁ……。僕にも言えないことなら仕方ないか。流石に騎士長様が絡んでいる案件をそう簡単に口にすることもできないだろうしね」
仕方ないと言いながらもどこか納得しきっていない表情で、たまごサンドを頬張り、丁寧に咀嚼する。
「でも、覚えておいてほしいな。僕は君のことを大切な幼馴染だし、親友だと思っているよ。君が一人で抱えきれなくなるんだったら、いつでも僕を頼って欲しい。君はいつも一人で抱えて、一人で完結するから心配なんだよ」
セイは諦めたような笑みを浮かべてユウゴに伝える。
学園に居た時代、孤児のユウゴは少し浮いた存在であった。
学園は身分の貴賤関係なく、全ての生徒が平等であるとはいえ、孤児という一般人よりも下の身分の者はどうしても目立ってしまう。いくら侯爵家の令息と一緒に居るとはいえ。
少し浮いていた理由の何割かは、当時すでに美男子として黄色い声援を受けていたセイの所為でもあるのだが。不愛想で無骨で寡黙な男が、対極に位置している愛想が良くて美形でコミュニケーション能力も高い人気者と一緒に居れば、余計目立ってしまう。
大きな問題にならなかったのはユウゴが誠実で不器用な性格をした人間だということを周囲が理解したということと、幼馴染のセイがその人懐っこさでカバーしていたからだ。
「悪いな、セイ。昔から気を遣わせてばかりだな」
「そう思うなら普段からもっと感謝してくれてもいいと思うんだよ。でも、あまり人に執着しなかったユウゴがそこまで真剣になれる相手だってことは、きっと、ツヅルっていう子はよっぽど特別なんだろうね、君にとって」
「否定はしねぇさ。孤児院の奴等よりも大事な奴だ。悪いが、お前よりも……」
「まぁ弟だもんね。家族の方が大事なのはわかるよ。僕も父上や母上、兄上達は大切だ。君が大切なのとはまた別に」
紅茶を一口飲み、話していて乾いた喉を潤す。
「でもさ、それでも僕は君の味方でいたいんだ。君が、騎士になりたいって言ってみんなに反対されていた僕の味方でいてくれたように」
残りの紅茶を飲み干し、椅子を少し引いて立ち上がり、トレーを両手で持つ。
「だから僕は今この服を着てここに居られる。みんなの街も、国も、家族も守れている。自分の手で守りたかった人達を、少しは守れてる」
相変わらず笑顔だが、ずっと静かな声で話すというよりかは語りかけているセイに、ユウゴは静かに頷いて話を聴くことで誠意を見せる。
「僕ができることは少ないかもしれないけど、君が守りたい者を、僕も守りたい。―――そう思ってる」
その言葉だけで、ユウゴはこの幼馴染が昔から変わらない真っすぐさを持っていることを知り、不器用なりにも穏やかな笑みを浮かべる。
「そうだ。もし騎士長様の許可が貰えたら、ちゃんと僕にも君の弟を紹介してくれよ?僕も君ほどじゃないけれど、お兄ちゃんには憧れているんだ。三人兄弟の中では一番下だったし」
「わかった。そのときはちゃんとツヅルを紹介する」
ユウゴの返事に満足したように、真面目だった瞳が軽い明るさを持った瞳に戻り、食器を下げようと歩き出したセイの足がすぐ止まり、浅く振り向いて軽い声で言う。
「それはそうと、王国騎士様の言葉遣いが乱れているのは感心しないよ?下町の兄ちゃんみたいな口調に戻っていたじゃないか、ユウゴくん」
「セイ相手でしか使わねぇさ。昔から知っているんだ。お前にくらい、楽な俺でいさせてくれ」
ユウゴは親友の指摘を軽く笑い飛ばし、気を許しているような力の抜き加減で答えた。
「ホントそういうところだよ、ユウゴ。全く、昔から無自覚な男だ。じゃあ僕は任務ついでだったからこれで行くよ。久しぶりに会えて嬉しかったよ。僕以外にその言葉遣いはダメだからね、ユウゴ」
呆れて笑っているようで、どこか嬉しそうにセイは言って、食器を下げてから食堂から出て行った。
ユウゴも幼馴染で親友に久しぶりに会えたことで、少しだけ疲れていた心が回復した気がした。
ツヅルを守る為だったら何だってする。
そう思って走り続けていても、いつかどこかで歪みが生まれて、自分を責めたてる。
でも幼馴染は言ってくれた。
『いつでも僕を頼って欲しい』と。
アッシュは言っていた。
ツヅルが十六歳の成人を迎える日まで、正式に王国騎士団に入団するその時までに、自分が信頼できる人間を見極めろと。
ユウゴはそのときに必ずセイのことを頼ろうと、今の短いやり取りの中で心に決めた。
そうと決まればここでいつまでも休んでいるわけにもいかない。
エイダンとの戦闘訓練をもっと頑張り、ツヅルを守り切る力をしっかりと付け、セイに笑われないように努力しなければ。
疲れているはずのユウゴは、しかし心地良く温かい気持ちを胸に、力強く午後の訓練へと向かった。
ユウゴと同期で幼馴染のセイが登場。
ユウゴと違い優男系の金髪美男子なセイは、ユウゴのコミュニケーション能力を奪っているのではないかというくらい、コミュニケーションモンスターです。
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