2-2 少年と代償と温かな時間
祝福には代償がある。
今この部屋に居る特例達も例外なく、それぞれに代償を背負いながら生きている。
「彼の代償は成長……というわけか?」
エルゥの言葉にアッシュが問い直す。
「まだ確証はないけれど、そう思うのが自然ね。体重は食べた分だけ多少の変動は見られるけれど、身長は最初に測ったときと変わらず。精神面も、……こっちは断言するにはまだ期間が短いけど、幼いまま、の可能性は高いわ。これからも検証は必要だけど」
日々成長していくこの時期に身長が変わらない。一年だけで判断するのは難しい部分もあるが、ツヅルは助けられたあの日から幼いままだ。
「それに、彼の聖樹の槍。その体積が僅かに増えている」
「じゃあなんだ?坊主の武器は、坊主の成長を吸い取って強くなっていくってか?」
続けられる報告にエイダンが言葉を返し、そしてテーブルを強く叩いて声を荒げる。
「ふざけてんじゃねぇぞ!神はそんな危険なモンを年端もいかないガキに渡したってことなのかっ!?神殿でどうにかできねぇのか!?お前の杖の力でもなんでも!」
「私に言わないでよ!まだ検証段階で確証も無い。私の力は命を司っていても、人間の成長を促せるわけでもない。もしかしたらツヅル君だってこれから成長して大人になっていくことだってあるのかもしれないんだから!」
「言い争いはそこまでだ。一度落ち着こう」
セオドアが二人の言い合いを見かねて間に入り、場を仕切り直す。
「ツヅル君と聖樹の槍についてはこれからも観察を続けていく。結論を出すにはまだ早すぎる可能性だってあるんだ。成長以外の代償だっていう可能性もまだ消えたわけじゃない」
そこにいる大人全員、成長が代償であると直感的に理解していた。が、それを認めることは、彼の未来を奪ってしまうのと同じだと思い、確定させるのを少しでも遅らせようとするセオドアの意見に異を唱えることはしなかった。
「儂が痛みの消失。エルゥが受胎能力の消失。アッシュは怒り感情の消失で、セオドアは睡眠の消失。…………ったく、神様ってのは物好きな趣味をしてやがる」
憎々しげに語られる代償の数々。
エイダンが神の武器を持ちながらも神を信仰しないのはこの所為だ。
神々から見れば些細なモノで、人間からすれば大切なモノ。
となれば、人間の成長も、神々からすれば些細なモノでしかないのかもしれないと考えると、神の真意が分からなくなる。
「まぁ神様が何を考えているかなんて考えるのは時間の無駄よ。今更。それでも私達は力を求めてしまったし、受け取ってしまったんだから」
やる気無さそうに体を椅子の背もたれに投げ出すエルゥを、誰も否定はしなかった。
「で、ユウゴはツヅルの成長に付いて気付いていそうか?」
「いや?毎日儂とボロボロになるまで戦闘訓練をしているんだ。そんなことに気付ける余裕は全然無いだろう。実際アイツの口から坊主の話を聞いたことは無いしな」
「それならいいのだが……。もう一、二年様子を見て、それで確定させよう。彼の代償が本当に成長だったのかを」
セオドアの発言に全員が静かに頷き、その提案を是とした。
「今日はね、エルゥ様が魔法のお話をしてくれてね、ボクにはね、風と光の魔法の才能があるって、そう言ってくれたんだ」
夕食も食べ、風呂にも入って寝る準備が終わった二人。
日課のようにベッドに腰を掛けたユウゴの膝を枕にして横になり、ニコニコと曇りの無い笑顔でユウゴの顔を見上げながら報告してくるツヅルの頭をゆっくりと撫でて、ユウゴは疲れていながらも優しい笑顔を返して何度も頷く。
「ボクもクリスティナさんみたいに回復魔法使えるかなぁ?」
「回復魔法を使いたいのか?」
「うん。だって、そうしたらお兄ちゃんのケガも治せるもん」
横になっているツヅルの手が伸ばされ、ユウゴの浅く傷がついた頬を撫でていく。
「今日もお兄ちゃん、ケガしてるんだもん…………」
まだツヅルを心配させてしまっている。
少しずつ笑顔で話すことが増えたツヅルではあるが、ユウゴが傷ついていたりすると悲しそうな、寂しそうな表情をすることは今でもまだある。
夜中に隣のベッドから泣き声が聞こえてくることだってまだある。
幼さは幼さのまま、悲しみを克服できるまでツヅルが成長することは無いのではと、ユウゴはそう考えていた。傷つくことは失ってしまうことと思考が直結しているのか。色々考えても明確な答えは出せずに、その場をごまかすようにツヅルと一緒に過ごす。
「これくらいの傷、唾でも付けとけば大丈夫だ。俺は鍛えているし、頑丈だからな」
任務や戦場に出てしまえばこれくらいの傷は当たり前のように付くし、いちいちこんなものの為に回復魔法も回復薬も使ってなんかいられない。
ツヅルはまだそこら辺のことを理解していないのなら、どうにかして慣れていってもらうしかない。
ユウゴは純粋な弟にどう伝えてどう慣れていってもらうか思考を巡らせる。
ふと膝が軽くなり、ベッドの上に四つ這いになったツヅルの顔が自分の顔に近づく。
「じゃあボクが舐める」
止める間もなく、ツヅルがペロッと、ユウゴの右の頬に薄くついた切り傷を舐めて顔を離す。
急に顔が熱くなり、頭を下げて表情を見せないように視線を逸らす。
「お兄ちゃんごめんなさい…………。痛かった?しみちゃった……?」
ユウゴの様子を見たツヅルは不安になり、顔を覗き込んで謝ろうとしてくるが、ユウゴはユウゴで今のこんな狼狽えた自分の顔なんて見せることはできずに顔を逸らして逃げる。
「ごめんなさい、おにいちゃん、ごめんなさい……」
あまりに頑なに避け続けるユウゴに悪いことをしてしまったという自責の念を抱いたツヅルは謝って、そして、静かに涙を流し始める。
「いや、ちがっ、……泣くな、ツヅル。違うんだ」
戸惑いながらツヅルを慰めようとするが、どう説明すべきか悩んだうえに、今のこの状態のツヅルに説明をしたところで果たして聞いて理解をするのかも不安になり、とりあえず泣いてるツヅルの体を抱きしめて背中を優しくトントンと叩く。
「急なことでびっくりしただけだ。大丈夫だ。痛くも無かった。傷にしみてもいない」
年下の弟に対して一体何をやっているんだと、軽く頭を抱えたくもなってしまう。
そして、今までこんな風に顔が熱くなって自分でも混乱するようなことというのも無かった。
「ツヅル。こういうのは普通はしないし、外でもしたらダメだ。……わかったな?」
厚い胸板に埋もれる少年の頭がこくこくと小さく頷き、理解してくれたことに胸を撫で下ろす。
「ったく、それに傷口は血とか付いていてキレイなもんじゃないんだ。舐めるもんでもない。……変な感じしてないか?ツヅル」
「…………しょっぱかった…………」
味の感想を求めたわけではないのだが、ツヅルは正直に感じたことを呟き、ユウゴをギュッと抱きしめる。
「おにいちゃん、心臓ドクドク早く鳴ってる…………」
「慌てたし、緊張したからだ。…………ツヅルは大丈夫か?」
「うん……。泣いちゃったから、ちょっとばくばくしてる」
「そうか」
二人の心臓の音が静かになってから、ユウゴはツヅルをベッドに寝かせて布団をかけて部屋を暗くして、眠りにつくまで横に座ってツヅルの手を握る。
「はやくおにいちゃんみたいに…………おっきくなって…………いっしょに…………」
眠気で回り切らない呂律でユウゴに話しかけ、気が付けば言葉が寝息に変わっていく。
「……あぁ……」
眠って体の力が抜けるまで手を繋ぎ、その力が無くなり指がほどけたのを確認して布団を彼に掛け直す。
何も知らないままに。
「おやすみ、ツヅル」
静かに見守りながら。
大人達はどこまでを諦めて、どこまでを認めればいいのか。
『この話が気になる』『楽しいよ』『おもしろいよ』と思って頂ける方は、画面下部にある「☆☆☆☆☆」から評価していただいたり、感想をいただけると嬉しいですし、励みになります。




