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京都陰陽師・真琴の怪異譚 ~怪異より先に、人の事情が視えてしまう~  作者: K3/KASANE
同じ顔のアカウント

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同じ顔のアカウント(後編)

 その晩も、若槻さんへ伸びた緒が頭から離れなかった。


 顔の本人は中原さんだ。


 古いアカウントも、最初は中原さんが使っていた。


 それなのに、念だけが若槻さんを本人だと言っている。


 なら、わたしが見落としているものがあるのかもしれない。


 そう考えて、中原さんに頼んで高校時代のアルバムを見せてもらった。


 厚いページをめくるたび、紙が乾いた音を立てる。


 三列目に、中原さんがいた。


 いまより少し幼い。


 けれど、同じ顔だ。


 高校から付き合いがあるという友人にも、一人だけ話を聞いた。


 芳賀さんが見た、入学したころの中原さんとも話はつながる。


 どこから見ても、中原佳奈という人は、ずっとこの人だった。


 そこで、ようやく考え方を変えた。


 間違っているのは、中原さんではない。


 怪異のほうだ。



 緒は、誰が本人かを教えている。


 わたしは、いつの間にかそう決めていた。


 けれど。


(本当に?)


 視えたものが嘘をついたことはない。


 だからといって、正しいとは限らない。


 そう考えた瞬間、背中が少し冷えた。


 怪異だって、見たものから考える。


 人間と同じように。



 もう一度、古いアカウントの日記を開いた。


 日記そのものではなく、今度はコメントを読む。


『佳奈らしい』


『こういう言い方するよね』


『やっぱり佳奈の日記は面白い』


 似た言葉が何度も出てくる。


 けれど、その人たちの多くは、中原さんに会ったことがない。


 知っているのは、顔写真と、画面の中の言葉だけだ。


 そして、その言葉を書いていたのは――途中から、ほとんど若槻さんだった。


 そこで、やっとつながった。


 この怪異が覚えているのは、中原佳奈という人間そのものではない。


 長いあいだ日記を読んだ人たちが、


「中原佳奈は、こういう人だ」


 と思い続けた、その形だ。


 面白い。


 少し意地が悪い。


 でも最後には笑わせる。


 コメントには丁寧に返す。


 それを作ったのは若槻さんだった。


 だから中原さんが、自分の言葉で新しい日記を書けば――怪異には別人に見える。


 いつもの佳奈ではない。


 偽物だ。


(……筋は通っていますわね)


 腹が立つくらいに。


 人違いのままで。



 二人には、同じ空き教室へ来てもらった。


 窓から入る夕方の光で、机の表面が白く見える。


 わたしが分かったことを話し終えるまで、若槻さんは黙っていた。


 最初に口を開いたのは彼女だった。


「でも、書いたのは私です」


「はい」


「プロフィールだって直したし、日記も、返事も」


 声が少しずつ強くなる。


「面白いって言われたのも、優しいって言われたのも、私が書いたものです」


「それも、そうでしょうね」


 若槻さんが顔を上げた。


 わたしが否定しなかったのが意外だったらしい。


「じゃあ」


「文章は、若槻さんのものです」


 そこは分ける。


「でも、中原さんの名前まで、若槻さんのものになるわけではありません」


 若槻さんの口が止まった。


「……あの子が自分で書いたら、誰も読まないかもしれないですよ」


 今度は、中原さんの肩がわずかに動いた。


「それでもです」


 わたしは答えた。


「誰に読まれるかまで、若槻さんが決めることではありません」



「わたしも、悪かったんです」


 中原さんが言った。


 鞄を膝に置き、両手で抱えている。


「最初は、嬉しかったから」


 若槻さんの書いた日記にコメントがついた。


 面白いと言われた。


 会ったこともない人から、好きだと言われたこともあった。


「自分のことじゃないのに、自分が褒められてるみたいで」


 中原さんは笑おうとして、やめた。


「だから、ずっとそのままにしました」


 そこは、中原さん自身が引き受けるしかない。


「頼んだのは、中原さんです」


「はい」


「やめるのが遅かったのも」


「……はい」


 若槻さんが横を向いた。


「でも」


 わたしは続けた。


「やめたいと言ったあとまで、名前を使われる責任はありません」


 中原さんが顔を上げた。


 若槻さんは、しばらく何も言わなかった。



「古いほうは、いりません」


 中原さんが決めた。


「取り返さなくていいです」


「いいんですか?」


「わたしだけのものじゃないから」


 日記を見た。


「沙月が書いたものを、全部わたしのものにするのも違うと思う」


 若槻さんの顔が、少しだけ動いた。


 何か言いかけて、結局言わなかった。


 代わりに端末の前へ座る。


 古いアカウントを開いた。


 それから椅子を引いた。


「今日だけ」


 中原さんを見る。


「これを書いたら、終わりにする」


 中原さんは、ゆっくり頷いた。


 席を替わった。


 最初の一行を打つ。


 消す。


 もう一度打つ。


 また消す。


 画面の文字より、キーを消す音のほうが多い。


 やがて、一行が残った。


『この日記は、途中から友人と二人で書いていました。』


 そこから先は、少しずつだった。


 黙っていたこと。


 そのことで自分も得をしていたこと。


 このアカウントで日記を書くのは、これで終わりにすること。


 新しいほうでは、自分の言葉で書くこと。


 最後まで打ち終えると、中原さんは手を止めた。


「これで」


 若槻さんを見る。


「終わりにして」


 しばらくして。


「……うん」


 小さな返事があった。


 若槻さんが自分の名前で何かを書くかどうかは、二人の話ではない。


 少なくとも、わたしが決めることではなかった。



 更新された古いページと、新しいページ。


 二枚とも紙に刷った。


 机へ並べる。


 同じ顔が二つ。


「名前を書いてください」


 二人がこちらを見る。


「自分が書いたほうに」


 古いページには、中原佳奈と若槻沙月。


 新しいページには、中原佳奈。


 二人の字が並んだところで、古いページから伸びていた緒が、かすかに揺れた。


 初めてだった。


 わたしは古いほうの紙へ護符を置く。


「あなたが覚えていた人は」


 緒を見る。


 まだ若槻さんへ曲がっている。


「最初から、一人ではなかったんです」


 顔は一人。


 言葉は二人。


 それを、ひとつの人間だと思い込んだ。


 人間も。


 この怪異も。


「だから、もう」


 護符を指で押さえた。


「間違えなくていい」


 張っていた緒が、ふっと緩んだ。


 若槻さんのところで外れる。


 だからといって、中原さんへ結び直されることもなかった。


 ただ、ほどけていく。


 最後には、何も残らなかった。


 誰か一人を「本物」に決める必要が、なくなったのだ。



 翌日。


 中原さんは、新しいアカウントに短い日記を書いた。


 古いほうには、何も出ない。


 先回りもしない。


 わたしのページにも、登録する前の足あとは増えなかった。


 昼すぎ。


 新しい日記に、ひとつコメントがついた。


 芳賀さんだった。


『こっちでもよろしく』


 それだけだった。


 中原さんは、しばらくその一行を見ていたらしい。



 帰り際。


 ふと思い出した。


「……ところで」


 二人がこちらを見る。


 言いかけて、やめた。


 どちらも学生だ。


 今回、わたしを呼んだのも二人ではない。


(誰に請求すればいいんですの、これ)


 答えは分かっている。


 あの怪異だ。


 そして怪異には、たぶん財布がない。



 帰り道で、自分の財布を開いた。


 小銭が数枚。


 自販機の前で止まる。


 一番安い飲み物を見る。


 買えないわけではない。


 ただし押せば、明日の昼が少し寂しくなる。


(怪異から依頼を受けるなら、先に支払い能力を確認する)


 そこまで考えて、やめた。


(……どうやって?)


 夕方の暑さの中、自販機を離れる。


 大学まで戻れば、水飲み場がある。


(……水道水は、無料ですわね)


 今日いちばん現実的な答えだった。

水道代が嵩む。°(°´ᯅ° )°。`

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