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京都陰陽師・真琴の怪異譚 ~怪異より先に、人の事情が視えてしまう~  作者: K3/KASANE
同じ顔のアカウント

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同じ顔のアカウント(前編)


 情報端末室は、夏でも寒い。


 機械のために冷やしている部屋だ。


 人間の都合は、あとまわしになっている。


 本体の唸りが床から上がってきて、足の裏がずっと震えている。


 わたしは提出用の書式を印刷し終えて、椅子を引いた。


 画面の隅に、メールが一通。


 差出人は、知らない女子学生の名前だった。


 件名に『輪つなぎ』とある。


 このごろ学内でよく聞く、招待制のサービスだ。


 (わたしを誘って、何になるんですの)


 本文は一行しかなかった。


 『偽物を、見つけてください』


 迷惑なもののたぐいだ。


 消した。


 ――戻ってきた。


 同じ差出人。


 同じ一行。


 もう一度消す。


 戻る。


 三度目に、文面だけが変わった。


 『わたしが、二人います』


 隣の席で、誰かが椅子を鳴らして立った。


 その音が、やけに遠い。


 わたしは腕をさすった。


 冷房のせいだと、思うことにした。



 結局、その日のうちに登録した。


 招待の文面を無視して帰るには、あの戻り方は行儀が悪すぎた。


 プロフィールの欄はほとんど空のままにしておく。


 顔写真は載せない。


 (見られる側になる趣味はありませんわ)


 自分のページを開くと、下のほうに「足あと」という欄があった。


 誰が見に来たかが、そこへ残るらしい。


 一件、ついていた。


 時刻を見る。


 十一分前。


 わたしが登録を終えたのは、九分前だ。


 (……わたしが、いない時間ですわね)


 足あとの主のページを開いた。


 女子学生の顔写真。


 二回生。


 日記の一覧が、ずらりと並んでいる。


 いちばん下に、日付のない一行があった。


 『偽物は、もう一人です』


 名前で検索をかけた。


 同じ名前が、二つ出た。


 同じ顔写真。


 違うアカウント。


 片方は登録が古く、日記が二百件を超えている。


 片方は先月できたばかりで、日記が四件しかない。



 新しいほうへ、短いメッセージを送った。


 翌日、大学の中庭で会った。


 石畳が、朝からもう焼けている。


 蝉の声が、話し声を全部押し下げていた。


 写真の人と、同じ顔だった。


 中原佳奈さん。


 二回生。


 膝の上で、鞄の持ち手をずっと握っている。


「新しいほうが、わたしです」


 開口一番に、そう言った。


「古いほうも、あなたの顔ですけれど」


「……それも、わたしです」


 言っている意味が通らない。


「順番に伺います」


 古いほうのアカウントも、もとは中原さんのものだった。


 いまは入れない。


 入るための言葉を、友人に預けたまま返してもらえない。


「わたし、文章が下手で」


 中原さんは、そこで少しだけ笑った。


「あの子に、直してもらってたんです」



 まず、人の手から考える。


 (怪異を疑うのは、人間を全部潰してからですわ)


 一、友人が乗っ取った。


 ――ただし中原さん自身が、長いあいだ書かせていた。奪われたのか、預けたままなのかが分かれない。


 二、中原さんのほうが嘘をついている。


 ――古い日記には、本人しか知らないはずの出来事がいくつも書いてある。


 三、二人で作ったものを、仲違いのあとで両方が自分のものだと言っている。


 ――いまのところ、これがいちばん通る。


 どれも人間の話だ。


 人間の話に、十一分前の足あとは出てこない。



 若槻沙月さんは、隠しもしなかった。


「書いていましたよ」


 紅茶の缶を両手で持ったまま、あっさりと言う。


 缶はもう汗をかいていて、指のあいだから雫が落ちた。


「最初は頼まれたからです。プロフィールも一緒に作りました」


「日記も、ですか」


「直してるうちに、全部です」


「コメントの返事も」


「ええ」


 悪びれない。


 嘘もついていない。


「でも」


 若槻さんは、缶をテーブルへ置いた。


「読んでた人が好きだったのは、あっちの佳奈です」


 わたしは、その言い方を聞き逃さなかった。


「写真は、あの人でしょう」


「文章は私です」



 古い日記の一件を選んで、中原さんに尋ねた。


 三年前の、高校の学園祭の話だ。


「これは、どなたが」


「……そこまで書いたのは、あの子です」


 わたしが細部を訊くと、中原さんは答えられない。


 同じ問いを若槻さんへ向けると、即答が返ってくる。


 誰が見ても、古いほうの中身は若槻さんのものだった。



 洛都大学のコミュニティは、芳賀さんという学生が管理していた。


「入学したころなら、覚えてますよ」


 芳賀さんはあっさり言った。


「入ってきたばかりのころ、飲み会に来てましたから」


「どちらが」


「中原さんです。本人が」


 最初から成りすまして作られたものではない。


 古いほうは、確かに中原さんのアカウントとして生まれている。


 最初から偽物だった、という線が消えた



 その夜、閉室の時間まで端末室に残って、古い日記を頭から読んだ。


 人が減るほど、蛍光灯の鳴る音が大きくなる。


 初めのほうは、短い。


 言い切りが多く、ぎこちない。


 昼に会ったばかりの中原さんの、話し方に似ている。


 ある月を境に、それが変わる。


 言い回しが増える。


 拾う話題が変わる。


 コメントへの返し方が、若槻さんの喋り方とそろっていく。


 同じ人の名前のまま、書いている人間が入れ替わっていた。



 画面の右下で、時計が動いた。


 新しいほうのアカウントに、日記が一件増えている。


 中原さんが、十分前に書いたものだ。


 短い。


 三行しかない。


 古いほうのアカウントを開く。


 同じ三行が、そこにあった。


 投稿の時刻は、十一分前。


 ――中原さんが書くより、先に。


 (また、十一分)


 足あとのときと、同じ幅だ。


 更新をかける。


 中原さんが一行足す。


 古いほうには、その一行が先に出ている。


 これでは、新しいほうが真似をしているように見える。


 (逆ですわ)


 (逆なのに、そう見える)


 新しいほうのページに、見覚えのない一文が浮いていた。


 『真似を、やめてください』


 背中の産毛が、いっせいに立った。


 (帰ります)


 (今日はもう帰ります)


 顔は動かさない。


 画面へ伸ばした手だけが、少し浮いていた。


 書いたのは中原さんではない。


 誰かが、中原さんへ言っている。



 翌日、二つのページを紙に出して並べた。


 刷りたてのインクが、まだ薄く匂う。


 目を細める。


 新しいほうから緒が伸びて、まっすぐ中原さんへ届く。


 これは正しい。


 古いほうにも、緒がある。


 根は同じ一枚の顔だ。


 中原さんへ向かって伸びていく。


 ――途中で、曲がった。


 切れてはいない。


 別の場所から出ているのでもない。


 行き先だけが、そこで折れている。


 曲がった先は、若槻さんだった。


 わたしは動けなくなった。


 (……こちらが、本物?)



 若槻さんに、もう一度会った。


 緒は、やはり彼女へ結ばれている。


 念のほうが、この人を「本人」だと言っている。


「おかしいですわ」


 つい、地が出た。


 舌打ちして、言い直す。


「……おかしい、です」


「何がです?」


 若槻さんが顔を上げる。


 わたしは、その向こう側に伸びている一本を見た。


「顔は、あの人なのに」


 一拍、置く。


「この怪異だけが、あなたを本人だと思っている」


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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