表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
京都陰陽師・真琴の怪異譚 ~怪異より先に、人の事情が視えてしまう~  作者: K3/KASANE
『潮の順番』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/88

第6話「正しい遺族」

時間ができた時にも随時更新します!

ぜひお楽しみに!


 仏壇の前に、写真が置いてあった。


 制服の圭吾さんが笑っている。


 海の家の前の写真とは、笑い方が違った。


 こちらのほうが、顔が硬い。


「学校の写真は、こわい顔をしますね」


「海のお写真は、笑っておられました」


 佐和子さんの手が、線香の箱の上で止まった。


「……あそこに、まだ残っていましたか」


「残っていました」


「そう」


 それだけだった。


 佐和子さんは線香を一本立てた。


 わたしは手を合わせた。


 合わせているあいだ、部屋は静かだった。


 海が近いのに、波の音がしない家だった。


 窓は閉まっていた。


 網戸ではなく、硝子のほうが閉まっている。


 八月の昼で、扇風機も回っていない。


 畳の匂いと、線香の匂いだけがした。


 仏壇の脇に、制服の上着が掛かっていた。


 四年前の夏から、掛けたままの高さだった。


「お茶を出さなくて、いいかしら」


「けっこうです」


「じゃあ、座って」


 佐和子さんは座布団を出して、自分は畳へ座った。


「鵜飼くんが、うちへ来たわ」


 早い。


 町は電話より噂が速い。


「あなたに全部言ってしまったと、泣いてました」


「怒られましたか」


「怒りません」


 佐和子さんは膝の上で手を重ねた。


「あの子は、毎年うちへ来ます」


「毎年」


「灯籠の竹を届けて、玄関で謝って、帰ります」


「四年、ですか」


「四年です。四回とも、同じ言葉でした」


「なんと」


「すみませんでした、と」


 佐和子さんは、そこで目を上げた。


「四年、待っていましたから」


 わたしは、その言い方を頭の中で二回聞いた。


「四人の名前は、いつ知られたんですか」


「あの日の、夜です」


 早い。


 わたしが思っていたより、ずっと早かった。


「四人の親が、うちへ来ました」


「何時ごろですの」


「十時を過ぎていました」


 佐和子さんは廊下の方を見た。


「圭吾が、まだ上がっていない夜です」


 わたしは、その一行を頭の中へ置いた。


 まだ見つかっていない夜に、四人の親が揃っている。


「そこの玄関で、並んで、頭を下げて」


「なんとおっしゃいましたか」


「うちの子は、なにもしていません、と」


 わたしは黙った。


「四人とも、同じことを言いました」


「順番に、ですか」


「いいえ。声を揃えてでした」


「揃えて」


「来る前に、決めてきたんだと思います」


「どなたが決めましたの」


「聞いていません」


 佐和子さんは、首を振った。


「聞いたら、その人を恨みますから」


 佐和子さんの声は平らだった。


 平らにするのに、何年もかけた声だった。


「そのあと、室井さんが来ました」


「なんと」


「圭吾くんは、一人で来たことにしましょう、と」


 佐和子さんは、そこで少し笑った。


 笑いは、目まで来なかった。


「わたしは、はいと言いました」


 波の音のしない部屋で、その言葉だけが長く残った。


「なぜです」


 わたしは聞いた。


 聞くために来た。


「順番が、こわかったんです」


「順番」


「あの子が誘って、あの子が先に行って、あの子だけが帰りませんでした」


 佐和子さんは手を開いて、指を四本立てた。


「五人いたと数えると、あの子が四人を連れて行った子になります」


 わたしは息を止めた。


「圭吾さんが、誘われたのですか」


「あの子が誘いました」


 はっきり言った。


「前の日に、うちで電話をかけてました。行こう行こう、って四人に」


「四人ともにですか」


「四人ともです。順番に、かけていました」


 佐和子さんは指を下ろした。


「三人目で断られて、それでもかけ直していました」


「聞いていらしたんですね」


「台所にいました」


 佐和子さんは、手を膝へ戻した。


「止めればよかったと、四年思っています」


 仏壇の線香が、まっすぐ上へ細く伸びていた。


「四人が無事で、あの子だけが死にました」


「はい」


「五人だと数えたら、あの子は、人を巻き込んで自分が死んだ子になります」


 佐和子さんの声が、初めて少し揺れた。


「一人だと数えたら、あの子は、一人で行って一人で死んだ、かわいそうな子です」


 わたしは、膝の上の指を握った。


「わたしは、かわいそうな子のほうを選びました」


「どちらが、あの子にとってよろしかったんですの」


「分かりません」


 即答だった。


「四年、分からないままです」


「けれど、選ばれた」


「選びました」


 選んだ。


 この人は、選んだと言った。


 整えたとも、書かなかったとも言わなかった。


「そのために、四人には」


「黙ってもらいました」


「どのように」


「わたしが、一人ずつ会いました」


 佐和子さんは、目を伏せなかった。


「お宅の子は悪くないから、来なくていいと言いました」


「それは」


「優しい言い方です」


 先に、そう言われた。


「優しい言い方で、来るなと言いました」


「悲しむのも、やめてもらいました」


 線香の煙が、少し曲がった。


「お墓に来られたら、人が数えますから」


「数えますと」


「五人いた、と言う人が出ます」


 佐和子さんは、線香のほうを見なかった。


「一度言われたら、もう戻せません」


 わたしは、そこでようやく理解した。


 この家に、波の音がしない理由が分かった。


 四年ぶん、閉めきってあったのだ。


「間宮さんは、駅から出ていらっしゃいません」


「知っています」


「四年です」


「知っています」


「駅で二時間待って、帰られます」


「知っています」


 三度目だった。


 三度とも、同じ強さだった。


 佐和子さんは、はじめて手を膝から下ろした。


「わたしが、そうさせました」


 言い切った。


 言い切れる人だから、四年もったのだと思った。


 わたしは息を吸って、聞くべきことを聞いた。


「灯籠は、なぜ一つですか」


「二つ流したら、誰か聞くでしょう」


「なんと聞かれますの」


「もう一つは、どなたのぶんですか、と」


 声は平らなままだった。


「聞かれると」


「順番を、言わなきゃいけなくなります」


 誰が誘って、誰が上がって、誰が上がらなかったか。


 その順番だ。


 毎年一つ流す灯籠は、供養ではなかった。


 数え直しだった。


 一人だった、一人だった、一人だった、と四年かけて確かめてきた。


 念は、それを聞いていた。


 だから毎年、上がってくる。


 (今年、増えたのはなぜですの)


 わたしは頭の中で紙をめくった。


 鵜飼さんが言った。


 三日前から増えた、と。


 三日前。


「柏木さん」


「はい」


「わたしが来る三日前に、なにかありましたか」


 佐和子さんは、少し考えた。


「……鵜飼くんが、うちへ来ました」


「なんの用で」


「今年は、竹を四本、多く割りましょうかと」


 わたしは目を閉じた。


 合った。


 全部、合った。


「なんとお答えになりましたか」


「一つでいいと言いました」


 佐和子さんは膝の上を見ていた。


「四本は、どなたのぶんですかと聞きました」


「鵜飼さんは」


「答えませんでした」


 佐和子さんは、膝の上で指を組んだ。


「答えられるくらいなら、四年、黙っていません」


「そうしたら、あの子が」


 声が、途切れた。


「浜に、上がってきたんですね」


 わたしは、答えなかった。


 答えるのは、わたしの役ではない。


 わたしは座布団を返して、立ち上がった。


「窓は、お開けになりませんの」


 佐和子さんは、硝子のほうを見た。


「開けたら、波の音が入ります」


「入りますわね」


「四年、聞いていません」


 わたしは、それだけ聞いて玄関を出た。



 わたしは護符を持っている。


 やり方は、はじめの日から知っていた。


 潮時に結ばれた念は、潮で休ませられる。


 満潮から引き潮まで、一周期だけ付き添えばいい。


 そうすれば、来年から足跡は出ない。


 浜は静かになる。


 室井さんの言う静かさが、完成する。


 わたしは三日、それをしなかった。


 できないからではない。


 してしまうと、数が永久に一つになる。


 あの子が四年かけて数え直してきたものを、わたしが最後に閉じることになる。


 視えるからといって、他人の家の数を決めていい理由はない。


 護符は、忘れさせる道具ではない。


 もう数えなくていいと言ってやる道具だ。


 誰かが代わりに数えないなら、言う資格がない。



 その夜、満潮は二十二時をまわった。


 宿を出るとき、帳場の塩見さんが顔を上げた。


「またその格好で浜か」


「動きやすいんですわ」


「動きやすいのはええけどな」


 塩見さんは湯呑みの陰で、目だけ横へ流した。


「夜の風は、下から来るで」


「……ご忠告、承っておきますわ」


 わたしは裾を押さえて、戸を引いた。


 浜へ下りた。


 風が海から来ていた。


 懐中電灯の光を砂へ落として、わたしは足を止めた。


 足跡は、五列になっていた。


 四列は、これまでと同じ。


 波の届かない高さから始まって、陸へ十歩。


 五列目は、いちばん端にあった。


 列は、陸から始まっていた。


 そして海へ向かって歩いていた。


 水際まで行って、そこで消えている。


 わたしは光を、その最後の一歩に当てた。


 爪先が、海を向いていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


時間ができた時随時更新します!

ぜひお楽しみに!


★感想・評価をいただけると、執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ