ちゃんと休憩できた
面接から一週間後、私は児童発達支援センターの前に立っていた。駅から七分ほど歩いたところにある、白い建物だった。
新しい職場の初日だった。ロッカーに鞄を入れて、まだ糊の残るエプロンをつける。緊張で指先が冷たかった。
午前中は見学と引き継ぎで過ぎた。小さな机の前で、男の子が電車の絵を指した。隣にいた職員が「でんしゃだね」とうなずく。男の子はもう一度、同じ絵に指を置いた。私はその手元を、少し離れた場所から見ていた。
昼になると、「休憩室はこちらです」と声をかけられた。
案内された部屋には、椅子とテーブルと電子レンジがあった。窓の外には小さな庭が見える。
「一時まで休憩です。ゆっくり食べてくださいね」
そう言われて、私は端の席に座った。朝作ってきた弁当を開ける。卵焼きと、きんぴらと、おにぎり。箸を持つと、いつもの癖で時計を見てしまった。
十二時を少し過ぎたところだった。
おにぎりを半分食べても、卵焼きを最後まで食べても、まだ時間があった。周りの人たちはお茶を飲んだり、スマホを見たりしている。誰も急いでいなかった。
弁当箱の蓋を閉めてから、私はもう一度時計を見た。一時まで、まだ二十分以上ある。
急いで片づけなくていいのだとわかるまで、少し時間がかかった。
十七時になると、「お疲れさまでした」と声をかけられた。荷物を持って外に出ても、誰にも引き止められなかった。外はまだ明るかった。
退勤してすぐ、スマホにLINEが来た。美咲からだった。
『初日どうだった? こっちはもう奈月ちゃん不足です。でも応援してる!』
その下に、両手を振るキャラクターのスタンプが一つ送られてきた。美咲らしかった。
駅までの道で、蒼に電話した。
「どうだった?」
電話の向こうの蒼は、声が少し弾んでいた。
「緊張した。まだ全然わからないことばっかり」
「初日ですから」
「でも、お昼にね」
言いながら、自分でも少し笑ってしまった。
「ちゃんと休憩できた」
電話の向こうで、蒼が笑った。
「よかった」
その声を聞いたら、今度は園のことが気になった。
「そっちはどうだった?」
「いつも通りです。ゆうたくんが園庭で転んで、泣いたあとすぐ走ってました」
「けがは?」
「すりむいただけです。ひなたちゃんは、お昼寝の前に絵本を選んでました」
私は改札の手前で立ち止まった。私がいない園の一日を、蒼の声で聞いている。
「蒼はずっと、子どもたちの方を見てるね」
「そうですか?」
「うん。絵本を読んでたときから、ずっと」
ホームに電車が入ってきても、私はすぐには通話を切らなかった。スマホ越しの蒼の声は、駅のざわめきの中でもちゃんと聞こえていた。




