子どもの声が遠い
夏祭りの週だった。私は保護者へ渡すお知らせを、クラスごとの棚に分けていた。
四歳児クラスの棚だけが空だった。昨日の夕方にまとめて印刷したはずなのに、束を数えると三歳児クラスまでしかない。四歳児クラスの分を、丸ごと、忘れていた。
大事故ではない。今からコピーすれば間に合う。でも主任代行がクラスひとつ分の配布物を丸ごと忘れるというのは、あってはならないミスだった。
園長に報告した。白石園長はいつもの微笑みで言った。
「大丈夫、大丈夫。誰でもミスはありますよ。今から準備すれば大丈夫です」
大丈夫。その言葉を聞くたびに、問題が少しだけ見えにくくなる気がした。増員が遅れたときも、三島主任の不調が続いていたときも、同じ言葉を聞いた。
午後。園庭でゆうたくんが走っていた。石につまずいて転び、膝を擦りむいた。
「いたい、いたいよ」
私はすぐに駆け寄るべきだった。五年間、子どもが転ぶたび、体は勝手に動いていた。考える前に駆け寄って、しゃがんで、手を伸ばしていた。
けれどこのとき、足が動かなかった。ゆうたくんの泣き声が、ガラス一枚向こうから聞こえるみたいだった。立ったまま、ただ見ていた。
「奈月ちゃん、救急箱お願い」
美咲の声で、ようやく体が動いた。遅れて駆け寄って、ゆうたくんの膝に絆創膏を貼る。大したケガではない。擦り傷だ。それなのに、絆創膏の端を押さえる指が震えていた。
あのとき動けなかった私が、もし一人で見ていたら。もしプールだったら。
ゆうたくんの泣き声は、まだ耳に残っている。それなのに、さっきの私は、その声にすぐ手を伸ばせなかった。




