一つ、余ったので
梅雨が明けた。七月。夏祭りまであと一週間。全員が限界に近づいていた。
廊下には段ボールの看板が立てかけてあり、職員室の机には景品の袋が積まれていた。子どもたちだけで動きを確認すると、ヨーヨー釣りの前で列が詰まり、後ろの子が何度も足を止めていた。
蒼が提案した。「配置を変えて、子どもの動線を優先にしませんか。今のままだと、ヨーヨー釣りの前で渋滞が起きます」。図面を描いて、具体的な変更点を示してくれた。主任代行として検討して、採用した。
翌日、玄関に当日の配置図を貼った。子どもの待ち時間は確かに減りそうだった。少なくとも、昨日の列よりはずっといい。
夕方、桐谷さんがひなたちゃんを迎えに来た。掲示板の前で足を止める。
「今年は、場所が変わるんですか」
責める声ではなかった。ただの確認だった。けれど、近くにいた園長がすぐに顔を上げた。
「うーん、やっぱり元の配置に戻しましょうか。保護者の方が戸惑うといけないので」
まだ誰も困っていない。私はそう思った。けれど主任代行として採用を決めたのは私で、すぐに言い返す言葉が出てこなかった。
蒼は黙って頷いた。「わかりました」と一言だけ言って、図面を片づけた。職員室に戻って配置図を元に戻す作業をしていた。一人で黙々と。途中で窓の外を少し見て、また作業に戻った。
蒼の提案は、子どもたちには合っていた。けれど誰かが戸惑うかもしれない、というだけで元に戻された。
閉園後。誰もいなくなった職員室で、明日の準備をしていた。ドアが開いた。
蒼が入ってきた。手にコンビニの袋を持っている。
「アイス、一つ余ったので、どうぞ」
嘘だ。二つ買ったに決まっている。蒼は嘘をつくのが下手だった。
向かい合って座った。蒼はバニラ、私はチョコ。包み紙を開ける音だけが職員室に響いた。
「今日は、すみませんでした。僕の提案のせいで」
「蒼のせいじゃないよ」
「次はもっとうまくやります」
「うまくやらなくていいよ」
蒼は「……でも」と言いかけて、黙ってアイスを食べた。
名前で呼んだことに、一秒遅れて気づいた。職場だった。でも蒼は少しだけ目を細めた。
アイスが溶ける前に食べ終わった。蒼は「おやすみなさい」と言って出ていった。
全員が限界なのに、夏祭りは止まらない。




