ロッカーののど飴
主任代行になって二週間。朝七時に出勤して、夜は二十一時を回ることが増えた。
シフト管理。保護者対応。行事準備の進捗確認。園長への報告書。三島主任が一人でこなしていた業務を、私が引き受けている。園長は「いつも助かります」と言う。美咲は「奈月ちゃん、すごいね」と言う。同僚の後輩たちが「柊主任代行」と呼んで頼ってくれる。
必要とされている。その感覚が、疲労に蓋をしていた。
蒼は変わらず定時で帰っていく。それが正しい。彼が正しくて、止まれない私のほうが、たぶんおかしい。わかってる。わかってるけど、十七時十五分に「お先に失礼します」と出ていく蒼の背中を見ると、なんか、胸のあたりがざわざわした。
配信を聴く余裕がなくなり始めた。二十二時にはもう眠っている。というより、気絶するように寝落ちしている。配信アプリのこえつきから通知は来ているけれど、開く前に朝が来る。
ある夜、どうしても眠れなかった。二時半。布団の中で迷ってから、スマホでこえつきのアプリを開いた。夜凪の配信のアーカイブが残っていた。再生した。蒼の声が流れてきた。「——今日もおつかれ。ゆっくり目を閉じていいからね」。同じ言葉なのに、以前より遠く聞こえた。イヤホンの中じゃなくて、たぶん私のほうが遠くなってる。途中で寝落ちした。朝、再生バーが半分で止まっていた。
金曜日の夕方。今日も残業だった。最後の子どもが帰って保育室の片づけを終え、ロッカーを開けた。
のど飴の小袋が置いてあった。
コンビニのやつ。カスタード味とミルク味が一粒ずつ。メモはない。名前もない。でもわかる。蒼だ。
いつ入れたんだろう。定時で帰る前か。それとも、私が保育室を離れた隙に戻ってきたのか。
最近、私の声がかすれていることを蒼は知っている。クラス会議で何度か咳払いをした。それを見ていたんだ、たぶん。声を労る一粒。
カスタード味を口に入れた。甘さがゆっくり溶けていく。喉の奥がじんわり温かくなった。
ミルク味の方はポケットに入れた。明日の朝礼で声が裏返りそうになったら、こっそり舐めるために。
忙しい。でも、必要とされている。——なのに、なんで胸が重いんだろう。




