あなたみたいに読んで
午睡の時間。薄暗い保育室で、子どもたちが小さな布団に横になっている。
ひなたちゃんだけが、目を開けていた。布団の上で体を丸めて、天井を見つめている。担当の保育士が背中をさすっているけれど、目が閉じる気配がない。
蒼が私のところに来た。
「柊主任代行、提案があるんですが」
仕事の顔だった。声のトーンも、立ち姿も。
「午睡前に五分だけ、読み聞かせの時間を作ってみてもいいですか。ひなたちゃんだけじゃなく、寝つきの悪い子が何人かいるので」
五分の読み聞かせか。午睡の導入にちょうどいいし人員も足りてるからまあ大丈夫だ。
でも、本当はそれだけじゃなかった。私は彼の声を知っているから、ひなたちゃんが眠れる確信がある。主任代行の判断と、夜にイヤホンでこの声を聴いている人としての判断が、混ざっていた。
ひと呼吸置いた。
「やってみていいよ。五分だけ。効果がなければやめるからね」
蒼はひなたちゃんの隣に座った。膝を折って、目線を合わせて。小さな絵本を開いた。
蒼は、ページをめくるたびに少しだけ間を置いた。低くてゆっくりで、急がせない声だった。あの声だ。配信と同じ声。でもここでは、画面の向こうではなく、目の前の子どもたちに向けられている。
ひなたちゃんの呼吸が変わった。体の力が抜けて、まぶたがゆっくり落ちていく。泣き声が止んで、寝息に変わった。
私は廊下から見ていた。蒼の声が子どもを包んでいく。声の毛布みたいだ、と思った。
お迎えの時間。桐谷さんが来た。ひなたちゃんが桐谷さんの手を引っ張って、嬉しそうに言った。
「ママ、おうちでも、せのせんせいみたいに、えほんよんで」
桐谷さんの手がひなたちゃんの肩を強く握った。一瞬だけ。何も言わなかった。視線を絵本の表紙にぶつけたまま、「帰りましょう」と言い、ひなたちゃんの手を引いて出ていく。
桐谷さんの背中は、いつもどおりまっすぐだった。けれど私は、ひなたちゃんの肩に、まだ桐谷さんの指の形が残っているように見えた。
保育室を振り返ると、蒼が閉じた絵本を膝に置いたまま、眠っている子どもたちを見ていた。蒼の声は、夜だけのものじゃなかった。




