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保育室の電気をつけた瞬間、昨日の制作物がテーブルに広がったままなのが目に入った。昨日は片づける暇もなく帰ったんだっけ。まだ朝の六時半。開園まで一時間ある。
私は柊奈月。そらのこ保育園の保育士、五年目。
壁に貼られた今日の配置表を確認して、息が止まった。三歳児クラスと四歳児クラスの担当欄に空白がある。また欠員だ。九十人定員の認可園で、朝から保育士が二人足りない。一人はインフル、一人は子どもの発熱で休み。
本来十一人で回す朝を、九人で乗り切るしかない。
誰かが悪いわけじゃない。風邪は人を選ばないし、家庭の事情だって突然やってくる。でも、足りないものは足りない。
「せんせい、おはよー」
門の向こうから、進級してきた年中組の元気な声がした。新年度最初の月曜日。一方、初めての登園は別物だ。泣きじゃくる三歳の男の子を右腕に抱えて、左手で連絡帳を受け取る。お母さんの顔は申し訳なさでいっぱいだった。
「大丈夫ですよ、すぐ慣れますから」
笑顔を作った。何百回繰り返したかわからないこの台詞を、私はもう数えるのをやめていた。
午前中は戦場だった。新入園児が三人同時に泣き出して、在園児がそれにつられて不安定になる。おむつ替え、鼻水、着替え、水分補給。トイレに行く暇がない。文字通り、ない。
給食の時間にようやく座れたと私が思ったら、牛乳をこぼした子の対応で自分の分には手をつけられなかった。冷めたご飯をかき込んで、午睡の準備に入る。
午睡中が唯一の事務作業タイムだった。連絡帳を十二冊、一冊ずつ書いていく。「今日は初めてスプーンを上手に使えました」「お友達と手をつないでお散歩できました」。良いことを見つけて書く。それが仕事だった。
子どものことをちゃんと見ていないと書けないし、ちゃんと見ていると他のことができない。どちらも本当のことだった。
連絡帳の六冊目を書いているときに、スマホが震えた。園の連絡アプリの個別連絡。桐谷真弓さんからだった。
『先生、お忙しいところ恐れ入ります。ひなたが帰宅後に「今日は先生がいなかった」と申しておりまして、心配しております。配置についてご説明いただけますでしょうか。担任制ということでお願いしておりましたので、ご確認いただければ幸いです』
一文一文が整っていた。それなのに、胃が重くなった。桐谷さんの文章はいつもこうだ。丁寧なんだけど、読み終わると謝らなきゃいけない気持ちになる。
ひなたちゃんは四歳児クラスだから、欠員の影響をまともに受けていた。桐谷さんが心配するのは当たり前だ。だからこそ、返す言葉を選ぶのに時間がかかる。
『ご不安にさせてしまい申し訳ありません。本日は急な体調不良による欠勤がございまして、配置を調整してお預かりしておりました。ひなたちゃんには寂しい思いをさせてしまったかもしれません。明日は通常の配置に戻る予定です。ご安心いただければ幸いです』
送信ボタンを押す前に三回読み返した。「かもしれません」を入れるか迷って、入れた。言い切ったら言い訳に聞こえないか。ぼかしたら不誠実に思われないか。送信のたびに気を遣っている自分が、少しだけ嫌だった。
午後は壁面装飾の制作だった。五月の子どもの日に向けた鯉のぼり。画用紙を切って、うろこの形を一枚ずつ作る。本来なら勤務時間内に終わるはずの作業だけど、今日は人手が足りなかったぶん保育に入っていたから、手つかずのまま夕方になった。
「柊先生、明日の朝礼の資料お願いね」
三島主任が通りすがりに言った。表情は変わらない。三島主任はいつもそうだ。感情を見せない人。十五年この園にいて、おそらくずっとこんな感じだったんだろう。私は「はい」と答えた。他に言える言葉がなかった。
保護者のお迎えが終わったのは十九時。そこから壁面制作の続きと、明日の朝礼資料。園を出たのは二十一時四十分だった。
最寄り駅のコンビニで弁当を買った。から揚げ弁当。電子レンジで温めてもらう間、ガラスに映った自分の顔を見た。エプロンの跡がブラウスに残っていた。目の下に薄いクマができている。二十七歳。四年制大学を出て、夢だった保育士になって五年。小学校の卒業文集に書いた将来の夢が、これだった。夢は叶ったはずだった。
部屋に帰って、テーブルの上に弁当を置いた。テレビをつけて、お箸を割る。から揚げは、温め直してもやっぱりわずかに冷めていた。
食べながらスマホを見る。大学の友人の莉子からLINEが来ていた。『今度ごはん行こうよ!』。「行こう!」と返しながら、どうせまた延期になるんだろうなと思った。先月も先々月も、私のほうからお願いしてリスケしてもらった。
お弁当を食べ終わってゴミ箱に捨てた。お風呂に入って髪を乾かし、ベッドに入った。明日は七時出勤。六時に起きなければ間に合わない。五時間半の睡眠。足りないけど、慣れた。
天井を見上げた。暗い部屋に、カーテンの隙間から街灯の光が細く差し込んでいる。
もっと楽な仕事に就いて、ちゃんと自炊して、休みの日に友達と遊んで、恋人だっていたりして。そんな二十七歳を想像してみる。
ま、考えたって、何が変わるわけでもないし。
三年目くらいから、眠れない夜にはこんなふうに、勝手に妄想して勝手に取り消すようになった。辞めたいと思ったことは何度もある。何度もあるけど、辞めてどうするんだろう、っていうのが先に来る。
子どもは好きだ。仕事も、たぶん好き。ただ、好きだけじゃ足りないものが多すぎて、いつの間にか「辞められないから続けている」に変わっていた。
目を閉じた。明日も同じ朝が来る。明後日も、来週も。
そういえば、三島主任が帰り際に「無理しないでね」って言った。あの人がそんなこと言うの、珍しかった。




