あなたしかいない
月曜日の朝。三島主任の席が空だった。
白石園長が朝礼で言った。「三島先生は、しばらくお休みをいただくことになりました。体調のことですので、詳しくはお伝えできませんが」。穏やかな声だ。穏やかすぎて、その深刻さはまったく伝わってこなかった。
同僚の美咲が、朝礼が終わるなり私の隣で小声で言った。「やっぱり、先週からおかしかったもんね」。私は小さく頷いた。おかしくなったのは先週だけじゃなくて、もっとずっと前からだ。でも誰もそれを問題にしなかった。
昼休み。園長室に呼ばれた。
白石園長はデスクの向こうで手を組んでいた。メガネの奥の目が、困ったように細くなっている。
「柊先生、しばらく主任代行をお願いできませんか」
予想はしていた。でも、実際に言われると違った。
「他の方は……」
園長は首を横に振った。
「本部に増員を頼んだんだけど、今は難しいって。柊先生が一番経験がありますし」
増員の申請は、三島主任が体調を崩す前から出せたはずだ。三島主任の不調に気づくのも、もっと早くできたはずだ。でも園長は悪い人ではない。判断が遅いだけだ。遅いだけで、結果として誰かが倒れる。
「わかりました」
他に言える言葉がなかった。
夕方、蒼に話した。延長保育の子どもが最後の一人帰った後、保育室の隅で小声で。
「主任代行を任されたの」
蒼の表情が曇った。
「無理しないでください」
「大丈夫。私がやらなきゃ、他に誰がやるの」
笑って言った。でも蒼は笑わなかった。私が『大丈夫』を口癖みたいに使うこと自体に、蒼は気づいていたみたいだった。
「それ……三島さんも言ってたんじゃないですか」
しゃべっている途中で、足元がぐらりと揺れた気がした。三島主任の声が、じわりと甦ってくる。「昔の私みたいね」。あの一言が、今の自分に向けられた矢のように突き刺さる。
「私は大丈夫だよ」
もう一度言った。蒼はそれを聞いて、何か言いかけてからふっと視線を落とした。しばらく経ってから顔を上げ、「すみません、立ち入ったことを」と小声で言った。正しいことを言ってしまったあとの、居心地の悪そうな顔だった。
帰り道、スマホに業務メールが届いた。差出人は——瀬野蒼。
『お疲れさまです、柊主任代行。明日の朝礼の件ですが——』
主任代行。これまでも先輩だったけど、今度は役職としての上司になる。恋人から届いた最初の業務連絡に、私は返信の文面を三回書き直した。




