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園に来た男の子が配信者だと知ってから、帰り道が長い  作者: ユキ@異世界転生と俺TUEEEはもう辞めて現実的に生きよう


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18/26

泊まっていきなよ

 蒼の部屋には何度か行ったけど、蒼が私の部屋に来るのは初めてだった。


 日曜日の午後。「散歩の帰りに寄りませんか」と蒼が言い出して、断る理由がなかった。気づいたら頷いていた。でも玄関のドアを開けた瞬間、後悔した。


 シンクに昨日のマグカップが残っている。洗濯物が椅子の背にかかったまま。テーブルの上にはコンビニの袋とレシート。


「ごめん、散らかってて」


 蒼は靴を脱ぎながら部屋を見回して、何も言わなかった。それが逆にきつかった。


「飲み物、コーヒーしかないけど」


「コーヒーで大丈夫です」


 インスタントコーヒーを二つ淹れた。蒼がローテーブルの前に座って、マグカップを両手で包んだ。私が向かいに座ると、蒼の目がテーブルの上を見た。コンビニのレシートが三枚。全部夕飯だ。


「なつきさん、毎晩これですか」


「うん、まあ」


 蒼は何も言わなかった。でもコーヒーを飲む手が、少しだけ止まった。


 テレビをつけた。日曜の夕方のバラエティ。二人とも笑える番組を選んだつもりだったのに、なんだか気まずい。部屋に人がいるのが久しぶりすぎて、距離感がわからない。


「やっぱり散らかってるよね」


 蒼がふっと笑った。


「生活感があっていいと思います」


 フォローだとわかっていても、声のトーンが穏やかで、嘘じゃない気がした。


「蒼の部屋はきれいだったのに」


「物がないだけですよ」


「私は物はないのに散らかってる」


「それも、なつきさんっぽいですよ」


 話しているうちに窓の外が暗くなった。時計を見たら八時を過ぎていた。


「そろそろ、お暇しますね」


 蒼が立ちかけたとき、窓の外で雨が降り始めた。さっきまで晴れていたのに。梅雨の不意打ちだった。


「泊まっていきなよ」


 口から出た。自分でも驚いた。蒼が立ちかけた体勢のまま固まっている。


「いいんですか」


「雨やむまで待ってたら、終電なくなっちゃうでしょ?」


 理由をつけた。嘘だ。終電はまだある。でも蒼も気づいていて、気づいていないふりをしてくれた。


「じゃあ、お言葉に甘えます」


 蒼がソファに座り直した。私はベッドの方を指さした。


「ベッド使って。私はソファで」


「逆でしょう」


「お客さんだから」


「なら帰ります」


「帰らないで」


 また口から出た。蒼が黙った。耳が赤い。私も赤い。テレビの音だけが流れていた。


「じゃあ、ベッド、一緒で大丈夫だから」


「えっ」


「ちゃんと端っこで寝るし、蒼も端で寝てくれたら、間に空くでしょ」


 自分でも何を言っているのかよくわからなかった。蒼は黙ったまま、小さく頷いた。


「……はい」


 歯ブラシは予備を出して、タオルは新しいのを渡した。


 蒼が私のTシャツを借りて着替えてきた。胸元に園のマスコット、うさぎのみみちゃんがプリントされている。鏡の前で、蒼が真顔のまま固まった。


「これ、なんですか」


「うちの園のキャラ。みみちゃん」


「みみちゃん」


「もらいもの。似合ってるよ」


「似合ってないです、たぶん」


 真面目に答えるから、つい吹き出してしまった。


 電気を消した。


 ベッドが二人で並ぶには狭くて、互いに反対側を向いて横になった。背中越しに蒼の呼吸が聞こえる。規則正しくない。起きている。


「起きてる?」


「起きてます」


「眠れない?」


「なつきさんが、隣にいるので」


 どういう意味だろう。聞けなかった。


 しばらく黙っていた。雨の音が窓を叩いている。私は寝返りを打って、蒼の方を向いた。蒼も、同じタイミングで振り向いた。


 毛布の下で、手のひらがぶつかった。蒼の指先に触れた。蒼の手が、私の指を包んだ。手のひらが温かかった。


 そのまま、指を絡めたまま、どちらともなく眠った。


 朝。光で目が覚めた。カーテンの隙間から七月の朝日が差し込んでいた。雨はやんでいた。


 横を見た。蒼がまだ眠っていた。すぐ隣で、私のTシャツを着たまま。前髪が顔にかかっている。Tシャツの袖から、蒼の指先がのぞいていた。寝息が聞こえる。普段の「ちゃんとした年下」ではない、無防備な顔だった。


 起こさずにキッチンに立った。コーヒーを淹れた。インスタントだけど、二人分。昨日と同じマグカップに、今日は二つ。


 蒼が起きてきた。前髪を押さえながら、まだ目が半分閉じている。


「おはようございます」


 敬語のまま。寝起きの声がいつもより低い。配信の声に近い。


「コーヒー、どうぞ」


「ありがとうございます」


 テーブルの上に、マグカップが二つ並んだ。昨日までは一つだった場所に。


 蒼が両手でマグカップを包んだ。昨日と同じ仕草。私もコーヒーを一口飲んだ。


 蒼のスマホが鳴った。画面を見て、蒼がふっと吹き出した。


「凛から、なんですけど」


「妹さん?」


「バイト先の先輩に告白されて、断り方を僕に相談してきました」


 画面を見せてくれた。長文の LINE。下の方に『お兄ちゃんなら冷静に判断できるでしょ』と書いてあった。


「凛ちゃん、お兄ちゃんっ子だね」


「いえ、便利なだけです、僕は」


「返信、一緒に考えようか?」


「いえ、自分でやります。これは凛が決めることなので」


 その真面目さが、なんだか温かかった。蒼が画面に文字を打ち始めた。私は邪魔しないように、コーヒーを飲んだ。


 窓の外で、雨上がりの空が青かった。

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