もう、隠せない
瀬野くんに話しかける回数が、自分でもわかるくらい増えていた。
給湯室で会ったら「おつかれさま」。廊下ですれ違ったら「今日のクラスどうだった?」。意識しているのに自然にできない自分がもどかしかった。二十七歳にもなって、会話のきっかけを探すのに、こんなに緊張するものだろうか。
木曜日の夕方。買い物に寄ったコンビニで、瀬野くんに会った。
スイーツ棚の前で、瀬野くんはプリンを二つ持って迷っていた。カスタードと、抹茶。真剣な顔で見比べている。私が近づいたことに気づいていないらしい。
「迷ってるの?」
声をかけたら、瀬野くんが小さく跳ねた。前髪を指で流しながら振り向く。
「あ、柊さん。すみません、ちょっと、どっちにしようかなって」
「私ならカスタードかな。定番が好きだから」
瀬野くんは少し考えて、ふっと笑った。
「じゃあ、これ、柊さんに買っていきます。いつも遅くまで残ってますよね」
「え、いいの?」
「いいです。プリン、好きって言ってましたよね」
覚えていた。あの昼休みの、たった一度の会話を。
瀬野くんはプリンを二つ持ってレジに向かった。会計を済ませて、戻ってきた。「あの、これ」と、ぎこちなくカスタードを差し出した。私は「ありがとう」と言って、プリンを受け取った。コンビニの照明が明るすぎて、自分の顔が赤くなっているのが見えたらどうしよう——そんなことばかりが頭をよぎる。
瀬野くんは「じゃあ、また明日」と軽く手を振って、自動ドアの向こうに消えていった。
私はプリンを持ったまま、しばらくスイーツ棚の前に立っていた。
その夜の配信。二十二時を過ぎて、夜凪が話し始めた。
——今日ね、ちょっといいことがあって。
間があった。夜凪——瀬野くんの声が、少しだけ弾んでいるのがわかった。
——職場の人とコンビニで会ってね。プリンをあげたんだけど、すごく嬉しそうにしてくれて。それだけなんだけど、なんか、帰り道ずっと笑ってた。
スマホを布団に押しつけた。顔が熱い。
コメント欄が流れていた。「かわいい」「脈ありじゃん」「夜凪さんの恋バナもっと聞きたい」。
私は「なつ」のアカウントでコメントを打った。
「プリンもらった人、きっと嬉しかったと思います」
——なつさん、ありがとう。そうだといいな。
その言葉が、二重に響く。「なつ」が私で、プリンをもらったのも私で。瀬野くんが好きだ、と、布団の中で初めて思った。
もう、隠せない。




