私のこと?
二十二時。イヤホンをして、ベッドに横たわる。それが習慣になっていた。
その夜の配信はいつもと少し違った。二十二時五分。夜凪の声が流れてきた。いつもの挨拶、いつものトーン。でも五分ほど経ったところで夜凪は急に黙った。
——あのさ、ちょっとだけ、聞いてもらっていい?
コメント欄が動いた。「どうした?」「聞くよー」「夜凪さんの話なら何でも聞く」。
——最近さ、近くに、気になる人がいるんだ。
指が止まった。
——年上の人で、すごく面倒見がよくて。でも、自分のことは後回しにする人。
心臓がうるさかった。イヤホンの中の声と自分の鼓動が重なって、どちらが大きいのかわからなくなった。
——いや、これ以上はやめておこう。配信でこういう話をしすぎるの、よくないよね。本人に届くわけないけど、こっちの僕が勝手に話してるみたいで、なんか、悪い気がして。
その引っ込め方が、いかにも瀬野くんらしかった。
私のこと?
コメント欄が騒いでいた。「リアコきた!」「夜凪さんの恋バナ!?」「相手の人幸せだね」。私は何も打てなかった。指が震えていた。
——まあ、たぶん何もないんだけどね。ごめん、変な話して。じゃあ、今日はここまで。おやすみ。
配信が終わった。暗い部屋の中でスマホの画面だけが光っていた。
私のこと、だろうか。年上で、面倒見がよくて、自分を大事にしない人。該当する人は他にもいるかもしれない。でも「いっつも最後まで残ってる」という言葉が引っかかった。瀬野くんは定時で帰るから、残っている人を見ている。三島主任も残っている。美咲も残ることがある。「疲れてないふりをする」。
三島主任は疲れを隠さない。美咲は疲れを笑い飛ばす。「疲れてないふりをする」のは——。
眠れなかった。三時まで天井を見ていた。
翌朝、出勤した。瀬野くんはもう保育室にいて、子どもたちの朝の支度を手伝っていた。
「おはようございます、柊さん」
いつもの敬語。いつもの声。でも、ほんの一瞬。瀬野くんの耳が赤かった。
「おはよう、瀬野くん」
私も返した。声が裏返らなかっただろうか。大丈夫だっただろうか。エプロンの裾を握る手が、知らず知らずかたくなっていた。
「ちょっと、二人ともどうしたの? 朝から顔赤いよ?」
美咲が笑いながら通りすぎていった。
配信では「気になる人」と言った。でも現実の瀬野くんは、まだ私に敬語のまま。




