アンネマリーの帰省と針箱
馬車から降りてきたのは、細身でとてもキレのいい身のこなしをする令嬢だった。
艶のある黒髪とサファイアの様な瞳は兄であるアルフォンスと同じだが、彼女の方がクリクリとしてまるで小動物の様に愛らしい。
「おかえりなさいませ、アンネマリー様」
「ただいま、ラリー。
皆変わりない? お兄様は?」
颯爽と玄関を入ってきたアンネマリーはラリーの挨拶を受け聞きました。
「旦那様は応接室でお茶をされています」
すました顔でラリーは答える。
この男がこういう態度を取る時は何かある時だわ。
「お茶? お兄様が? 珍しい事もあるのね」
と探りを入れる。
「はい。 近頃は、毎日でございます」
ニヤリと笑うラリー。
「え? 毎日?」
アンネマリーの記憶の中のアルフォンスはいつも忙しそうに執務をこなしていて、自分が無理に休憩させたり、お茶に誘わないとゆっくりしない人だった。
一体そんな兄に、何が起こったの?
アンネマリーは足早に応接室へむかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あら? 馬車の音がしましたわ。
アンネマリー様が帰っていらしたようですね。
私、ご挨拶に行かなくていいのでしょうか?」
ステラは目の前にいるアルフォンスに尋ねる。
「大丈夫ですよ。5分もしないうちにアンの方から現れますから」
とゆっくりお茶をのんでいる。
「そう言えば、刺繍を始めたと聞きましたが?」
アルフォンスは話題を変えて聞きます。
「はい。 この頃やっと部屋で寛ぐ事に慣れてきたので子爵家にいた時の趣味だった刺繍を始めようと思ったのですけど…
アンナが公爵家の歴代の女主人が使っていたと言う立派なお針箱とたくさんの刺繍糸を持って来てくれたのですが、あの様な立派な物を私が使ってよいのですか?
アルフォンス様の奥様になる方が使うべき物ですよね?」
刺繍を始めようと思った時、アンナとラリーさんに刺繍糸や手芸道具を買いに行きたいと言ったのだけれど、ラリーさんが我が家にも持ち主のいない道具がありますよと持って来てくれたのです。
でも、話を聞く程に恐れ多くて使えないと思ってまだ手を付けていませんでした。
「気にすることはありませんよ。
母も刺繍はあまり好きでなくて使っていなかったし、アンも無理です。
あれを最後に使っていたのは祖母だと思います。
道具も使うものがいなければ価値がなくなってしまう。
あなたが嫌でなければ使って下さい」
アルフォンス様は何も気にするなと事も無げに言う。
本当に私が使って大丈夫なのかしら?
アンネマリー様も帰って来られて、この事を知ったら気を悪くしないかしら?
どこまでも真面目で心配性なステラだった。




