第98話 個の役割
翌朝、カケルとリアナは狩猟会が行われた森の入口へ来ていた。
使うのは第一層だ。低ランクの魔獣が群れで見つかりやすく、動きも追いやすい。連携を見せるにはちょうどいいと、カケルは考えていた。
すでに森の前には、アルシュタイン騎士団の一隊が揃っている。
前へ出た男は、年の頃は四十前後だろうか。無駄のない体つきで、実戦用の鎧を身につけていた。
「騎士団長、グランツ・ハイゼルです」
低く整った声に、カケルは頭を下げる。
「カケル・モリシタです。本日はよろしくお願いいたします」
隣でリアナも一礼した。
グランツの後ろには、召喚獣を傍らに置いた騎士も何人かいた。
灰狼。
黒い大猪。
堅そうなサイ。
翼をたたんだ鷹。
しなやかな大型の猫科獣。
さすがアルシュタイン騎士団の召喚獣といった顔ぶれだった。
グランツが静かに言う。
「辺境伯閣下より、本日はカケル殿のご指示を受けるよう、申し付かっております」
そこで一拍置いて続けた。
「本日は二十名を選抜して参りました。森の中で全体訓練はできませんので、まずはここで形を作ります。後日、各隊へ落とし込みます」
「はい。今日は、まず俺が手本をお見せします。そのあとで、どのように役割を分担していたのかをお話しします」
「よろしくお願いいたします」
カケルは頷き、そのまま森へ足を向けた。
「では、行きましょう」
一行が森へ入る。湿った土の匂いが立ち、朝の冷えた空気が木々の間に残っていた。
入ってすぐ、カケルは上を見た。
「ピー太郎たち、おいで」
四羽のキンカチョウが現れ、枝の上へ移る。
「【索敵】お願い」
四羽が一斉に飛び立ち、木々の間へ散った。肩の上では、ワサビ君がいつものように襟元を掴んでいる。
そのまま少し進んだところで、頭の奥へナビゲーターの声が落ちた。
『対象を捕捉しました。右前方三十二メートル、ホーンラビット五体、ランクFです』
『対象を捕捉しました。左前方二十八メートル、フォレスト・ウルフ三体、ランクDです』
『対象を捕捉しました。正面四十メートル、ホーンラビット四体、ランクFです』
カケルは前方の開け具合を見て、そこで足を止めた。後ろの騎士たちも足を止め、鎧の擦れる音がかすかに重なる。
カケルは家族たちを呼ぶ。
「茶渋、ほっぺ、キョロ、チョロ、イガ、グリ、おいで」
次々と現れる召喚獣に、騎士たちの間でどよめきが走る。
「……まだ出るのか」
「なんだ、あの召喚獣は」
「見たことがないな」
カケルはリアナへと振り返る。
「リアナさん、左のフォレスト・ウルフお願い。ラプティは【追い込み】でこっちへ寄せて」
「わかったわ。ラプティやるわよ」
「ケー!」
ラプティが低く地を蹴る。シルバーもその後ろを追った。
カケルは正面へ視線を戻した。
「ほっぺ、右のホーンラビットを【呼び寄せ】でこっちに引いて」
ほっぺが羽を鳴らし、右の低木へ飛ぶ。続けて正面の草地へ目を走らせる。
「キョロは右の木、チョロは左。逃げる先へ【蜘蛛の糸】を張って、正面へ向きを変えて」
二匹のジャンピングスパイダーが左右の木へ駆け上がった。
「イガ、右へ逃げるやつの前! グリはその横を塞いで!」
二匹のフトアゴヒゲトカゲが落ち葉の影へ散る。
最初に動いたのは右だった。
ほっぺの【呼び寄せ】に引かれるように、ホーンラビットが低木の陰から飛び出す。完全に釣られたわけではない。だが意識を取られ、進む向きがこちらへ寄る。
同時に左奥でも草が揺れた。
リアナの声が飛ぶ。
「ラプティ、そのまま! 【追い込み】!」
ラプティが大きく外を回り、フォレスト・ウルフの群れをこちらへ寄せる。
向きを変えた一頭へ、今度はシルバーが低く飛び込んだ。横から喉元へ食らいつき、そのまま地へ引き倒す。
カケルは索敵結果を頭の中で確かめながら、三つの群れの位置を見た。
「キョロ、今!」
右へ逃げた先に張られた【蜘蛛の糸】に、先頭のホーンラビットが一瞬だけ足を取られる。流れが乱れたところへ、反対側からチョロが位置を変え、もう一方の逃げ道へ糸を走らせた。
「イガ、右へ逃げるやつの前へ回って! グリはその横を塞いで!」
二匹が【砂走り】で地面を滑るように飛び出す。行き場を失った個体が、正面へ向きを変えた。
三方向に散っていた群れが、少しずつ正面へ寄ってくる。
カケルの声が落ちた。
「茶渋、【威圧】」
茶渋が低く圧をかける。正面へ寄せられた群れの先頭が一瞬たじろいだ。
「今、【爪撃】で仕留めて」
茶渋が飛ぶ。喉元を押さえ、そのまま地へ落とす。
左へ散ろうとしたホーンラビットは、ラプティに寄せられて戻り、そこへシルバーが飛び込んだ。短く、迷いのない噛みつきで沈める。
右へ跳ねた一体は糸に気を取られ、その前へグリが滑り込む。
「リアナさん、もう少し」
「ラプティ、もう一回!」
「ケー!」
ラプティが横から踏み込み、散りかけた一頭を押し戻す。
その瞬間、カケルが短く言う。
「茶渋、次! 【爪撃】」
茶渋が二頭目を仕留める。残る一頭が下がろうとしたところで、キョロの糸が前脚をかすめ、その隙をシルバーが詰めた。
森が静かになる。
少し遅れて、キンカチョウたちが上から戻ってきた。
騎士たちはしばらく黙っていた。
グランツが口を開く。
「今の形を、もう少し近くで確認したい」
「はい」
カケルは頷き、今度は少し位置を変えて、もう一度同じように群れを探させた。
二度目はホーンラビット中心だった。
三度目はフォレスト・ウルフをリアナ側で先に寄せ、ホーンラビットをカケル側で正面へ集めた。
同じやり方ではない。
群れの位置と動きに応じて、誰を前へ出し、誰で向きを変え、どこで止め、誰が仕留めるかが少しずつ変わっていた。
三度目が終わったところで、手本は終了となった。
「ありがとうございます」
グランツの言葉に、カケルは小さく頭を下げ、騎士たちへ向き直った。
「今の連携は、俺の召喚獣の数が多いからできているように見えたかもしれません。でも、考え方自体は難しくないんです」
誰も口を挟まない。
「俺の召喚獣は、一体ずつ役割があります。見つける子、向きを変える子、正面へ寄せる子、止める子、最後に仕留める子」
カケルは騎士たちと、その傍らの召喚獣へ視線を移した。
「それを、騎士一人と召喚獣一体で一つの持ち場として考えるんです。俺の召喚獣の一体一体を、騎士団なら一人と一匹のペアに置き換える感じですね」
鷹を連れた騎士が眉を上げた。
「騎士と召喚獣で、一つの役割……」
「はい。強いものを前へ出すんじゃなくて、どこを埋めるかで見ます」
グランツが腕を組む。
「では、実際に組む前に確認します」
グランツは騎士たちへ向き直る。
「召喚士は前へ。自分の召喚獣のスキルを簡潔に申告しろ。索敵、押し込み、足止め、防御、仕留め。何ができる」
名を呼ばれた騎士たちが前へ出る。
「ハルトです。召喚獣はスカイホーク。高所索敵と急降下が得意です」
「ベッカーです。召喚獣はブラックボア。突進と押し込みを得意とします」
「ユリウスです。召喚獣はグレイウルフ。追撃と横からの噛みつきが主です」
「マルクです。召喚獣はシャドウリンクス。飛び込みと【爪撃】での仕留めを得意とします」
「ダリオです。召喚獣はアイアンライノー。突進と防御が得意です」
グランツは短く頷く。
「ハルトは索敵。ベッカーは正面を押せ。ユリウスは右を締めろ。ダリオは正面後ろで受けろ。マルクは崩れたところを仕留めろ」
騎士たちが一斉に応じる。
「はっ」
カケルはその並びを見る。
まず形を作るなら、それでいい。
「じゃあ、一度やってみましょうか」
グランツが短く手を振る。
「行け」
今度は騎士団側の番だった。
ハルトのスカイホークが上を取る。ベッカーのブラックボアが正面へ出る。ユリウスのグレイウルフが右から回る。ダリオのアイアンライノーがその後ろで構え、マルクのシャドウリンクスが低く姿勢を落とす。
少し離れた茂みから、ホーンラビットの群れが飛び出した。だが、始まってすぐに崩れた。
ブラックボアが押し込みすぎたのだ。群れの向きは変わったが、グレイウルフが締める前に二頭が左へ抜けた。
シャドウリンクスが反応し、そちらへ飛ぶ。今度は正面が薄くなり、群れがばらける。
グランツがすぐに声を飛ばす。
「追うな! 止まれ!」
騎士たちが止まり、森にまた静けさが落ちる。
ベッカーが低く息を吐いた。
「今のは、押しすぎでしたか」
カケルは少し考えてから答える。
「押す力そのものは十分でした。ただ、動くのが早かったんだと思います。横が入る前に押したので、逃げる先が残っていました」
ユリウスが頷く。
「こちらが入る前に向きを変えた感じか」
「はい。正面は倒すより、まず向きを変えるほうを優先したほうがいいと思います」
グランツが短く言う。
「もう一度だ。今度は合図を待て」
二度目は少し良くなった。
だが今度は、グレイウルフが一頭を追いすぎた。締めるべき位置が空き、そこから群れが流れる。
「止まれ」
グランツがすぐに切る。カケルが続けた。
「今のだと、追ったぶんだけ右が薄くなってましたよね。そこから抜けられてたと思います」
ユリウスが少し苦い顔をした。
三度目。
今度は、ブラックボアが押し込みすぎない。グレイウルフも横を離れない。スカイホークが位置を見失わず、シャドウリンクスが崩れた一頭を正確に仕留める。抜けかけた一頭の前には、アイアンライノーが重い体を入れて止めた。
完璧ではない。だが、最初より明らかに群れが散らなかった。
騎士たちの空気が少し変わる。
驚きではない。使えるかどうかを見極める目つきへ変わったのだ。
グランツがカケルを見る。
「今の形なら、さらに人数を増やしても回せそうですか」
「はい。役割を増やすというより、同じ役割を厚くする感じならいけると思います。たとえば横を二枚にするとか、索敵を前後にするとか」
「承知しました」
グランツは短く頷いた。
「本日はここまでだ。まず役割を固定し、それを崩さず動くところから始める。明日は数を増やす」
騎士たちが一斉に応じる。
「はっ」
カケルが息をつくと、隣でリアナが小さく言った。
「ちゃんと形になってきたわね」
「うん。思ったより早かったね」
「師匠の手本がわかりやすかったのよ」
カケルは少しだけ笑う。
「そうならよかった」
その間にも、騎士たちはそれぞれ自分の召喚獣を見ながら、先ほどの動きを確かめ合っていた。
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