第92話 役割を探る
翌朝、ギルドへ向かう道すがら、カケルは昨日見たヤモリたちのステータスを頭の中でなぞっていた。
ヒョウモントカゲモドキは【魔力備蓄】と【尾囮】。
オオバクチヤモリは【すり抜け】と【壁走り】。
クレステッドゲッコーは【夜間索敵】と【樹上跳躍】。
リアナがちらりと横目で見る。
「ヤモリたちのこと、考えてるでしょ?」
「うん……あの子たちのスキルって、使いどころを選びそうだなって。だから、いくつかレベルを上げるためのやり方を考えてみたんだ」
「実戦でいけそう?」
「ある程度はね。あとは、危なくない形で確かめたい」
「じゃあ、その条件に合いそうな依頼を見に行きましょう」
ギルドに着くと、朝の掲示板の前はいつものように賑わっていた。
カケルは依頼票を順に見ていく。その中で、一枚の依頼票に目が止まった。
「ロックサーバルの討伐か」
リアナも隣から覗き込む。
「ランクD。岩場沿いの林道で、荷運びの邪魔をしてるみたいね」
「飛びかかってくるタイプか」
「ええ。岩や木を使って動くって書いてあるわ」
ロックサーバルは、岩場を好む山猫型の魔獣だ。足場の悪い場所でも身軽に動き、岩棚や木の幹から飛びかかってくる。数は多くなくても、地形が合うと厄介になる。
カケルは小さく頷いた。
「これなら、ちょうどいいかもしれない」
受付で依頼票を渡すと、ミアが確認してから顔を上げた。
「ロックサーバルですね。三体目撃されています。林道沿いなので、上からの飛びかかりに気をつけてください」
「ありがとうございます」
依頼票を受け取り、二人はそのまま街の外へ向かった。
現地は、切り立った岩壁と細い林道が続く場所だった。片側はごつごつした岩場、反対側は低い木々と根の張り出した斜面になっている。
リアナが周囲を見回す。
「たしかに、上から来られたら面倒ね」
「うん」
まずはいつも通り、カケルがピー太郎たちを呼ぶ。
「ピー太郎たち、【索敵】お願い」
四羽のキンカチョウが木々の間へ散った。
少しして、頭の奥にナビゲーターの声が響く。
『対象:ロックサーバルの反応を捕捉しました。前方上、岩棚付近、個体数は二、ランクはDです』
『対象:ロックサーバルの反応を捕捉しました。前方右、木の幹付近、個体数は一、ランクはDです』
リアナが目を細める。
「三体、揃ってるわね」
リアナはシルバーを呼び、続けてラプティを出した。カケルも茶渋を呼び出す。
岩棚の上から、灰褐色の影がこちらを見下ろしていた。少し離れた木の幹にも、もう一体張りついている。
カケルはそこで後方に二匹を呼ぶ。
「からし、みかん、おいで」
ヒョウモントカゲモドキたちが、カケルのすぐそばに現れた。
「シルバー、右! ラプティ、【追い込み】!」
リアナの声に合わせて、シルバーが低く構え、ラプティが地を蹴る。
最初の一体が岩棚から飛びかかった。シルバーが迎え撃ち、ラプティが横へ回り込んで退路を狭める。
もう一体が木の幹から降りようとしたところで、カケルは短く指示を飛ばした。
「ダイス、チップ、おいで。【壁走り】」
二匹のオオバクチヤモリが、岩壁と木の幹へ現れる。もっちりした体つきのまま、ぺたりと張りつき、そのままするりと斜めに走る。
木の幹にいたロックサーバルの視線が、そちらへ流れた。
「ダイス、【すり抜け】!」
飛びついたロックサーバルの前で、ダイスが剥がれた皮だけを残すように位置をずらす。魔獣の前脚が空を切り、体勢が崩れた。
「茶渋、行って!」
黒い影が低く走り、横合いから鋭く爪を振るう。短い悲鳴が上がった。
もう一体が岩壁沿いに逃げようとする。
「チップ、【壁走り】!」
チップが先に岩肌を駆け、逃げ道の先を横切るように動く。ロックサーバルが進路を変えた、その瞬間。
「ラプティ、【追い込み】!」
逃げ道を塞がれた魔獣へ、シルバーが飛び込んだ。
最後の一体はシルバーとラプティの前でじりじりと間合いを測る。
その間に、カケルはからしとみかんへ視線を向けた。
「からし、みかん、【魔力備蓄】お願い」
二匹の尾が、かすかに光を帯びた。その直後、カケルの中に、じわりと魔力が戻ってくる感覚が広がる。
視線を落とすと、からしとみかんの尾がさっきよりわずかに細い。
すぐにナビゲーターへ意識を向ける。
『ヒョウモントカゲモドキの尾部備蓄魔力を消費しています』
『尾部完全回復予測時間:約二十四分です』
その通知を受け取ったところで、最後のロックサーバルがラプティの脇を抜けようとした。
「シルバー、左! ラプティ、前!」
二体が同時に動く。動きを止められたロックサーバルへ、茶渋が横から入り込んだ。
「茶渋、行って!」
茶渋の一閃。ロックサーバルは地面に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
『対象:ロックサーバル(Dランク)の討伐を確認。』
『召喚獣:ヒョウモントカゲモドキのレベルが3に上昇しました』
『召喚獣:オオバクチヤモリのレベルが3に上昇しました』
静けさが戻る。
リアナはシルバーとラプティを順に撫でた。
「お疲れさま」
カケルはからしとみかんを見下ろす。尾はまだ少し細いが、もうわずかに戻り始めているようにも見えた。
それから視線を上げると、ダイスとチップは何食わぬ顔で岩壁と木の幹に張りついていた。
依頼を終えて街へ戻った頃には、もう日が傾き始めていた。ギルドへ戻ると、掲示板の端に夜間の依頼票が何枚か残っている。
その中から、リアナが一枚を抜き取った。
「これ、どう?」
カケルも目を向ける。
「夜の見回り補助か」
「北門近くの畑で、小型魔獣が出てるみたい。討伐そのものは軽いけど、暗くなってからの警戒込みね」
カケルは少し考えてから頷いた。
「うん。クレスたちを見るなら、ちょうどいい」
夜になってから、二人は北門近くの畑へ向かった。
街の灯りが遠く、畑の向こうはかなり暗い。昼間よりもずっと輪郭が曖昧で、木の影も濃い。
カケルは上を見上げた。
「ミカド、シルク、おいで」
二匹のクレステッドゲッコーが、高い杭と木の枝へ現れた。
昼よりも動きが自然に見える。薄闇の中で、目元から後ろへ流れるクレストがいっそう印象的だった。
「ミカド、シルク、【夜間索敵】お願い」
二匹が高い場所を移る。
しばらくすると、頭の奥にナビゲーターの声が響いた。
『対象:ナイトラットの反応を捕捉しました。前方右、距離二十八メートル、個体数は二、ランクはFです』
リアナが目を細める。
「いたわ」
さらに少しして、また声が響く。
『対象:ナイトラットの反応を捕捉しました。前方左、距離三十二メートル、個体数は三、ランクはFです』
「左右に分かれてるのね」
カケルは頷く。
「シルバー、右! ラプティ、左!」
「わかったわ」
リアナが指示を飛ばし、二体が暗がりへ走る。
すぐに短い鳴き声が二つ、遅れて三つ響いた。
『対象:ナイトラット(Fランク)の討伐を確認。』
『召喚獣:クレステッドゲッコーのレベルが2に上昇しました』
カケルは、ようやく肩の力を抜いた。
「なるほど……」
リアナがミカドとシルクを見上げる。
「ヤモリたちの役割?」
「うん。少しだけど……見えてきたかも」
「これまでみたいに、少しずつ探っていきましょう。私も手伝うわ」
カケルはその言葉に頷いた。
からしとみかんは、前に出ずともカケルを支える。ダイスとチップは、壁や木を使ってかく乱する。ミカドとシルクは、夜と高所で索敵する。
強さの形は、みんな違う。でも、その違いがあるからこそ、ちゃんと役目を持てる。
カケルは夜の畑を見渡し、小さく笑った。
────
夜の見回り依頼を終えた頃には、街の灯りもだいぶ少なくなっていた。
北門をくぐって石畳の通りへ戻ると、昼間とは違う静けさがあたりを包んでいる。開いている店はもうほとんどなく、遠くで酒場のざわめきがかすかに聞こえる程度だった。
夜も遅い時間だったが、ギルドの建物内にはまだ灯りが残っていた。遅い依頼の報告や、翌日の準備をしている職員が何人か動いている。
受付にいたミアが、二人の姿を見るなり顔を上げた。
「おかえりなさい。夜の見回り補助も完了ですね?」
「うん。ナイトラットは五体。全部討伐できたよ」
「ありがとうございます」
ミアは手元の書類に目を落とし、手早く記録をつけていく。
「さすがに少し疲れたわ」
リアナが肩を回すようにしながら言うと、ミアがくすりと笑った。
「それでもお二人とも、まだ元気そうに見えます」
「師匠のほうは、途中で新しい子たちの確認までしてたもの」
「新しい子たち?」
ミアが目を丸くした、その時だった。
「……また増えたのか」
低い声が奥から飛んできた。振り向くと、ギルドマスターのヴォルガンが、執務室のほうからこちらへ歩いてくるところだった。
カケルは軽く背筋を伸ばす。
「はい。昨日、新しい子たちを召喚できるようになりました」
ヴォルガンの視線が、じろりとカケルへ向く。
「それで、今日はその確認も兼ねていたわけか」
「すみません、報告が先でしたね……」
ヴォルガンは短く鼻を鳴らした。
「……今、一体何匹になっているんだ……」
カケルは少しだけ視線を上に向ける。頭の中で数をたどり、すぐに答えた。
「えっと……三十匹ですね!」
ヴォルガンの眉間のしわが、わずかに深くなる。ミアも苦笑いを浮かべていた。
けれどヴォルガンは、呆れたように息をついたあと、すぐに表情を戻した。
「新しい召喚獣は、どんなことができる」
カケルは少し考えてから口を開いた。
「夜に敵を見つけるのが得意な子たちがいます。ほかにも、俺の魔力を支えてくれる子とか、敵の動きを乱すのが得意な子とか」
「……夜に索敵できるのか」
ヴォルガンの目が、わずかに細くなる。
「はい。今日の見回りでも使えました」
しばらく考え込むような間があった。それからヴォルガンは低い声で言う。
「なら、明日時間を取れ」
「明日ですか?」
「話だけではわからん。実際に見たほうが早い」
カケルは一瞬、リアナと目を合わせた。
「わかりました」
「明日の昼、応接室を使う。遅れるな」
「はい」
ヴォルガンはそれだけ言うと、踵を返した。残された二人は、しばらくその背中を見送る。
リアナが小さく笑った。
「完全に、何か頼む気ね」
「うん。たぶん、夜向きの依頼だろうね」
「新しい家族、さっそく目をつけられたわね」
「まあ……役に立てるならいいことだよね」
そう答えながら、カケルは少しだけ笑った。
新しい家族たちの役割が少し見えてきた、その直後だ。必要とされるなら、それはきっと悪いことじゃない。
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