第90話 ご褒美を考えよう
ホーンラビットの群れを片づけた翌日、借家の中にはゆるい空気が流れていた。
窓から入る陽が床を照らし、ほっぺは高い場所で羽を整えている。茶渋は椅子の上で丸くなり、ワサビ君は枝の上でじっとしていた。
ラプティは床に伏せていたが、時々ぱたぱたと尻尾を揺らし、何となく機嫌が良さそうだ。
卓に向かっていたリアナが、ふと思いついたように顔を上げた。
「ねえ師匠、昨日は連携もうまくいったし、みんなにご褒美をあげたいわ」
向かいにいたカケルが顔を上げる。
「ご褒美?」
「ええ。前に師匠も言ってたじゃない。そうやって、ちゃんとコミュニケーションを取るのも大事だって」
カケルは一瞬きょとんとして、それからやわらかく笑った。
「うん。そうだね。いいと思う」
リアナは小さく頷いて、家族たちを見回した。
「せっかくだもの。みんなが喜ぶもの、ちゃんと考えたいの」
「まず、ラプティは何が嬉しいかな」
「そこなのよね」
リアナもラプティを見る。
馬ほどの大きさの体。鳥みたいなくちばし。けれど、全体は恐竜を思わせる。
「やっぱり肉かしら」
「うーん」
カケルは少し考え込んだ。
「肉は喜びそうだけど、果物もいけるかもしれないね」
「果物?」
「鳥っぽいところもあるし。絶対肉だけって感じでもないんだよね」
「へえ……」
リアナは腕を組んだまま、じろじろとラプティを見た。見られている本人は、期待に満ちた顔で尻尾を揺らしている。
「何でも食べそうな顔してるわね」
「それは俺も思う」
ラプティが「ケー」と鳴いた。
「茶渋は?」
「茶渋は……まあ、肉か魚かな。猫は本来肉食だからね」
窓辺で丸くなっていた茶渋が、名前を呼ばれて片目だけ開ける。けれど、自分から近寄ってくる気はないらしい。
「ワサビ君は?」
その問いに、カケルは少し考えてから答えた。
「……たまには虫もいいかもしれないね」
「虫がごちそうってどういうこと!?」
「ワサビ君にとっては、わりと普通だと思うよ」
リアナは少しだけ顔をしかめた。
「そういうものなのね……」
卓の上で、ほっぺが「ピィ」と短く鳴いた。カケルがそちらを見る。
「あ、ほっぺたちの分も考えないと」
「鳥たちは何が好きなの?」
「小粒の穀物がいいかな。木の実もあれば喜びそう」
「ちゃんと好みがあるのね」
「うん。鳥組はそのへん、けっこうわかりやすいよ」
リアナは小さく頷いたあと、立ち上がった。
「じゃあ、買い出しに行きましょうか」
「いいね。いろいろ試してみよう」
市場は昼前の人通りで賑わっていた。二人は肉屋、乾物屋、果実売りの露店を回りながら、少しずつ品を揃えていく。
ラプティ用に、柔らかめの肉。果物もいくつか。
茶渋には魚と、少し香りの良い干し肉。
鳥たちには小粒の穀物と木の実。
借家へ戻ると、カケルは庭先で作業を始めた。棒の先に網布をつけ、留め具代わりの細い紐で固定していく。
リアナは扉のところに立ったまま、その手元をじっと見ていた。
「何してるの?」
「小さい虫を捕まえやすい道具を作ってるんだよ」
リアナは少しだけ目を細めた。
「……だからさっき、網とか買っていたのね」
「うん。ワサビ君用にね」
カケルは楽しそうに手を動かし続ける。やがて簡単な道具ができあがると、今度は布袋を腰に下げて庭の外へ出た。
「ちょっとその辺見てくるね」
「ちょっと、ほんとに行くの?」
「すぐ戻るよ」
そう言って出ていった背中を、リアナは半ば呆れた顔で見送った。戻ってきたのは、それほど経たないうちだった。
「ただいま」
「おかえ――」
言いかけたリアナの声が止まる。
カケルの片手には、小さな袋があった。中で、かさりと何かが動く。
「それ、捕まえたの?」
「イナゴとコオロギ、それから芋虫も少し。思ったよりいたよ」
リアナはほんの少しだけ身を引いた。
「……芋虫までいるのね」
カケルは袋の口を開き、中から一匹つまみ上げた。
「ほら、ワサビ君」
枝の上にいたワサビ君は、最初はいつも通りじっとしている。
左右別々に動いていた目が、ゆっくりとカケルの指先へ向いた。
次の瞬間だった。
ぴしっ、と短い音がした気がした。
舌が飛ぶ。
カケルの指先にあった虫が、一瞬で消えた。
リアナが目を瞬かせる。
「……速っ」
「うん。こういう時のワサビ君、すごいよね」
ワサビ君は何事もなかったように口を閉じ、そのまま静かに飲み込む。けれど、もう片方の目は、次の一匹が出てくるのを待つみたいにカケルの袋へ向いていた。
「本当に虫が好きなのね」
「そうみたいだね」
カケルが袋を少し傾けると、ワサビ君は静かに近づき、もう一匹もあっさり捕らえた。
「これなら、家の中に虫が出ても食べてもらえるね」
「それはちょっと助かるかもしれないわ……」
ラプティは興味津々で首を伸ばしたが、カケルが手で軽く制した。
「これはワサビ君の分だよ」
ラプティは「ケー」と鳴いたが、それ以上は寄ってこなかった。
そのあと二人は、買ってきたものを少しずつ家族たちに試していった。
ラプティは最初に肉へ食いついた。やっぱり、とリアナが言う。
けれど果物も嫌いではないらしく、切り分けたものを確かめたあと、ぺろりと食べる。
「……果物も食べるのね」
「そうみたいだね」
シルバーには少し上等な肉を渡す。いつもの落ち着いた様子で食べていたが、食べ終わったあと、静かにリアナの手へ鼻先を寄せてきた。
リアナの顔がやわらぐ。
「シルバーは、こういうのがわかりやすいわね」
鳥たちには小粒の穀物と木の実を出す。ほっぺもピー太郎たちも、かなり気に入ったらしく、いつもより賑やかだった。
茶渋は魚より、結局干し肉のほうを気に入ったらしい。気まぐれに一切れだけ持っていき、そのまま日向へ移動して食べ始める。
リアナはその背中を見て、小さく笑った。
「茶渋らしいわね」
「うん」
夕方になる頃には、借家の中が少しだけ穏やかな疲れで満ちていた。それぞれが好きなものをもらい、満足そうに落ち着いている。
ラプティは床に伏せ、シルバーはその少し隣。ワサビ君は枝の上で静かに目を閉じ、茶渋は窓辺で丸くなっている。
リアナはその様子を見渡して、小さく息をついた。
「こうして見ると、ほんとにみんな違うのね」
「そうだね」
「ご褒美を考えるのも、簡単じゃないわ」
カケルは笑った。
「でも、そのぶん面白いよ」
リアナは少しだけ考えてから、ラプティの背を撫でる。それから、隣のシルバーにも手を伸ばした。
「たまには……こういう時間も悪くないわね」
その声は小さかったけれど、借家の空気にはよく馴染んでいた。
執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!評価もいただけると嬉しいです。
本作の他にも、完結済みの作品を公開中です。
■魔王軍、おもてなしの極致 〜聖女の笑顔のために軍予算を「観光」へ全振りしたら、魔界が爆益を上げ始めた件〜
https://ncode.syosetu.com/n1299lr/
■人間嫌いの私は闇の精霊(上級)に転生しました。~見た目が「黒い毛玉」なので無能と罵られましたが、契約主の孤独な侯爵令嬢と共にレベルアップして毒親たちを断罪します~
https://ncode.syosetu.com/n5749lp/
■異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~
https://ncode.syosetu.com/n5582kv/
ぜひこちらもお願いいたします!




