第89話 群れを狩る
朝のギルドは、いつもより少しざわついていた。掲示板の前で依頼票を見ていたカケルたちに、受付のミアが声をかけてくる。
「カケルさん、リアナさん。ちょっとギルドマスターが」
二人が顔を見合わせて奥へ向かうと、ヴォルガンは腕を組んだまま待っていた。
「悪いな、朝から」
「何かあったんですか?」
カケルが聞くと、ヴォルガンは小さく息を吐く。
「お前らに、ギルドから頼みたいことがあってな」
「頼みたいこと?」
リアナが首をかしげる。
「ああ。低ランク魔獣の群れが出てる。単体ならどうってことはねえんだが、数が多いうえに散るんだよ」
ヴォルガンは眉間にしわを寄せたまま続けた。
「追い払っても、ばらけて草むらに逃げる。で、また少し離れた場所に出る。単身の冒険者も多いだろ。追いきれずに引っかかれて帰ってくるやつが増えててな……」
その言葉に、リアナの表情が少し変わった。
「……確かに、低ランクでも数が多いのはきついわ。私とシルバーも、ラプティが出てきてくれなかったら危なかったもの」
そう言って、リアナは隣のラプティを見る。ラプティは自分の名前が出たのが嬉しいのか、「ケー」と短く鳴いた。
カケルも頷いた。
「うん。ラプティの【追い込み】なら、ばらけるのを防げそうだね」
ヴォルガンの片眉が上がる。
「やれそうか?」
リアナはシルバーとラプティを見比べ、それから胸を張った。
「私達が揃えば、余裕よ!」
「決まりだな」
ヴォルガンは依頼票を一枚引き抜いて渡してきた。
「街道から少し外れた草地だ。畑にも近い。被害が広がる前に頼む」
「わかりました」
依頼票を受け取ったカケルが頭を下げる。その横で、リアナが二体を見る。
「頑張りましょう、ラプティ、シルバー」
「ケー!」
シルバーが低くうなった。
街を出てしばらく進むと、景色は背の低い草原へ変わっていった。ところどころに土が掘り返された跡があり、草も踏み荒らされている。
「思ったより広いね」
カケルが辺りを見回す。
「これだと、散られたら面倒ね」
リアナも剣呑な顔で草地を見た。
ラプティはすでにやる気らしく、前足を小さく踏み鳴らしている。シルバーは静かに、低く身を構えていた。
カケルはまず家族たちへ声をかける。
「ピー太郎たち、【索敵】。草地の奥までお願い」
小さな家族たちが空へ散っていく。しばらくして、頭の中にナビゲーターの声が響いた。
『対象:ホーンラビットの反応を捕捉しました。前方の草地一帯、個体数は十九、ランクはFです』
「十九か」
カケルが小さく息をつく。
「かなり多いね」
「そうね……」
草の陰が次々と揺れる。長い耳がのぞき、小さな影があちこちに散って動いた。
「師匠、どうする?」
「正面から押すと散るから……」
カケルは草地の広がりを見て、すぐに答える。
「ほっぺ、【呼び寄せ】。正面へ意識を引いて」
「キョロ、チョロ、【蜘蛛の糸】。左右の草むらに張って、散るのを止めて」
それからリアナへ視線を向ける。
「シルバーは正面で待って。ラプティは外から追い込んでもらおうか」
リアナが頷く。
「ラプティ、聞いたわね?」
「ケー」
「シルバーのほうへ追い込むのよ。ばらけさせないで」
ラプティは首を上げ、草地の端へ視線を走らせる。理解しているらしい。
リアナはシルバーへ向き直る。
「シルバー。来たやつから狩るわよ」
銀の狼が静かに目を細めた。
次の瞬間、草むらが一気に割れた。
ホーンラビットたちが四方へ跳ねる。正面から来るもの、横へ散るもの、草の深い方へ逃げようとするもの。
「ほっぺ、【呼び寄せ】!」
甲高い鳴き声が響き、群れの意識が一瞬そちらへ引かれる。そのわずかな乱れに合わせて、リアナが続けた。
「ラプティ、【追い込み】!」
ラプティが駆けた。
速い。
草地の端を大きく回り込むように走り、逃げようとした群れの前へ先回りする。進路を塞がれたホーンラビットたちが、中央へ寄せられていく。
「そのまま、【鋼脚】!」
草を蹴って一気に加速したラプティが、逃げかけた一体を横から弾き飛ばす。
驚いた周囲の個体も向きを乱し、さらに押し戻された。
「ケーーッ!」
甲高い鳴き声とともに、ラプティがさらに外側を回る。ばらけかけた群れが、じりじりと中央へ寄せられていく。
「うまい……!」
リアナが思わず声を漏らす。
カケルもすぐに頷いた。
「いい感じだね。シルバーの前に寄ってる」
「シルバー、【咆哮】!」
開けた草地に鋭い咆哮が響いた。ひるんだホーンラビットたちの足が、一瞬止まる。
「今よ!」
シルバーが地を蹴った。
一体。
二体。
鋭い動きで次々に仕留めていく。
正面で狩るシルバー。外から押し戻すラプティ。
それでも全部が素直に狩られるわけではない。
「右に三体!」
カケルが声を飛ばす。
「ラプティ、そっち!」
リアナの声に、ラプティが即座に向きを変える。散ろうとした三体の前へ滑り込むように回り込み、【鋼脚】で一体を跳ね上げた。
驚いた残りが向きを変えたところへ、シルバーが飛ぶ。
「シルバー、正面!」
銀の影が草を裂く。
キョロとチョロの【蜘蛛の糸】も、散りかけた個体の足を止めるのに効いていた。完全に封じるほどではなくても、一瞬のもたつきで十分だ。
「こうなるとやりやすいわね」
リアナが短く言う。カケルも草地を見渡しながら頷く。
「うん。ラプティがいると、散り方が全然違う」
草の深いところに潜り込もうとしていた数体が、一気に左右へ割れる。
「また散る!」
「ラプティ、外から!」
リアナの指示に、ラプティが迷わず駆ける。
大きく弧を描き、逃げ道の前へ出る。押し返し、追い込み、また押し返す。
まるで群れの流れを読んでいるみたいだった。
「ケーッ!」
最後の一体が草むらへ潜り込もうとしたところを、ラプティが【鋼脚】で横から弾き飛ばした。
やがて草地に静けさが戻った。
リアナは周囲を見回す。
ラプティはまだ鼻を鳴らしていたが、ナビゲーターは何も言わない。どうやら残りはいないらしい。
「終わったね」
カケルが息をつく。リアナもようやく肩の力を抜いた。
「十九体……思ったより多かったわ」
「でも、うまくいったね」
「ええ」
リアナはまずシルバーの頭を撫でた。
「お疲れさま、シルバー。今日もすごく頼りになったわ」
シルバーが静かに目を細める。
それからラプティへ向き直る。
「ラプティもよ。ちゃんと追い込めてたじゃない」
「ケー!」
今度は誇らしげに胸を張る。褒められるのをわかっていたみたいな顔だった。
カケルが小さく笑う。
「ラプティ、さっきからずっと自信満々だね」
「結果出したもの。当然でしょう?」
リアナが言い返すと、ラプティはますます得意げに鳴いた。
帰り道、草地を振り返りながらカケルが言う。
「これなら、もっと上の群れ相手でも形になるかもね」
「そうね。でも、まずは今日の成功をちゃんと覚えておくわ」
リアナはラプティの背をぽんと叩いた。
「追い込み、狩る。あれが今の私たちの形ね」
隣を歩くシルバーが静かに並び、その少し前でラプティが軽やかに跳ねる。借家へ戻る頃には、リアナの表情にも昨日までよりはっきりした自信が見えていた。
執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!評価もいただけると嬉しいです。
本作の他にも、完結済みの作品を公開中です。
■魔王軍、おもてなしの極致 〜聖女の笑顔のために軍予算を「観光」へ全振りしたら、魔界が爆益を上げ始めた件〜
https://ncode.syosetu.com/n1299lr/
■人間嫌いの私は闇の精霊(上級)に転生しました。~見た目が「黒い毛玉」なので無能と罵られましたが、契約主の孤独な侯爵令嬢と共にレベルアップして毒親たちを断罪します~
https://ncode.syosetu.com/n5749lp/
■異世界コンサルはじめました。~元ワーホリマーケター、商売知識で成り上がる~
https://ncode.syosetu.com/n5582kv/
ぜひこちらもお願いいたします!




