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前世のペットを召喚できる俺、どの子もこの世界では規格外でした ~レベル解放で家族が増える召喚士~  作者: いたちのこてつ


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第88話 託された鞍

辺境伯邸から戻ったあとの借家は、妙に静かだった。


ラプティはいつも通り元気にしているし、ほっぺも高いところで羽を整えている。茶渋は窓辺で丸くなり、ワサビ君は枝の上でじっとしていた。


それなのに、さっきまでの張りつめた空気がまだどこか残っている気がする。


カケルは卓に湯気の立つ茶を置きながら、向かいに座ったリアナを見た。


「……すごい人たちだったね」


その一言に、リアナが少しだけ肩をすくめる。


「ええ。姉様と次兄よ」


「やっぱり、相当なんだね」


「相当どころじゃないわ」


リアナは茶に手を伸ばし、それから少しだけ目を伏せた。


「うちは長子継承じゃないの。跡継ぎは、男女に限らずいちばん強い者が継ぐって決まりなの。だから最初から誰か一人に定まっていないのよ」


カケルは少し目を見開いた。


「じゃあ、ヴィクトールさんが長男でも関係ないんだ」


「関係ないわね」


その言い方には迷いがなかった。


「ヴェロワ姉様は、今のところ跡継ぎ筆頭みたいな立場よ。三体同時に召喚できるし、王命で各地の討伐任務に出されるのも当然って感じ」


「三体召喚……」


カケルが小さく息をつく。


「召喚獣は何を?」


「スカイグリフォン、グラナイトリザード、サンダーホーク」


リアナは淡々と挙げた。


「空から押さえて、地上でも押して、高速の撹乱もできるの。姉様ひとりで戦場の形を変えるって言われてるわ」


「……すごいね」


「ええ。怖いけど、強いのは本当よ」


少しだけ間を置いて、カケルが聞く。


「ルドルフさんは?」


「ルドルフ兄様は、姉様ほど前に出るタイプじゃないわ」


リアナはそう言ってから、少し考えるように茶を見た。


「でも、すごく真面目で、補佐が上手いの。召喚獣はグラナイトベアとアーマータートル。前に立って押し切るっていうより、戦線を支えて崩さないのが得意ね」


「だから、あの立ち位置なんだ」


「そう。姉様が前に出て、ルドルフ兄様が支えるの。ずっとああいう感じよ」


カケルは小さく頷いた。中庭で見た二人の位置取りを思い返すと、たしかにその通りだった。


少しの沈黙が落ちる。カケルは茶器に手を伸ばしかけて、少し迷ってから口を開いた。


「……リアナさん、平気?」


「平気じゃないわ」


リアナはすぐにそう返した。けれど、声を荒げるでもなく、ただ事実を確かめるみたいな言い方だった。


「無能だとか、役立たずだとか、そう言われてきたことがなくなるわけじゃないもの。あれで傷つかなかったことには、ならない」


カケルは黙って聞いている。リアナは茶器に視線を落としたまま、小さく息を吐いた。


「でもね」


その先を探すみたいに、少しだけ言葉が途切れる。


「今日、なんかすごく感じたのよ。あの人たちと私じゃ、見てる基準が最初から違ったんだって」


カケルが静かに目を向ける。


「普通にできるかどうかじゃなくて、何を召喚するかとか、どう噛み合うかとか、どこまで戦えるかとか……そういうところで見てたのよ、きっと」


少しだけ間を置いて、リアナは苦く笑った。


「だからって、今まで言われたことが平気になるわけじゃないけど」


そう言ってから、ほんの少しだけ顔を上げる。


「でも、今日のあれで、少しだけ意味が変わった気がするの」


カケルはしばらく何も言わなかった。

それから、やわらかく頷く。


「うん。それでいいと思う」


リアナは何も返さなかったが、さっきより少しだけ肩の力が抜けて見えた。


────


それからの一週間は、慌ただしいようでいて、少しずつ形が見えてきた時間だった。


ラプティは相変わらず好奇心旺盛だったが、前みたいに何にでも飛びつくことは減っていった。ちゃんと説明すれば、少し考えて止まることが増えたのだ。


ほっぺを追いかけそうになっても、「それは驚くから駄目」と言えば足を止める。ワサビ君へ顔を寄せかけても、「見つめすぎない」と言われれば首を引っ込める。


キョロとチョロの糸にも、前ほど無遠慮には近づかない。


そして、リアナがシルバーにもちゃんと構うようにしたことで、借家の空気もようやく少し落ち着いてきていた。


その日も、昼の光が窓から差し込む中で、リアナはラプティの背を撫でていた。


「……あなた、こうしてるとすごくいい子に見えるのよね」


「ケー」


「見える、じゃなくて、本当にいい子だと信じたいわ」


ラプティは何がそんなに楽しいのか、尻尾をぱたぱた揺らしている。少し離れたところで、それを見ていたカケルが笑った。


「だいぶ落ち着いてきたね」


「ええ。最初の数日が嘘みたい」


「俺はまだ、急に鍋を覗き込まれる未来を警戒してるけど」


「それは私もよ」


そう言って笑い合った、その時だった。


扉が叩かれる。


「カケル、リアナ。ルドルフだ」


低く硬い声に、二人は同時に顔を上げた。


「ルドルフ兄様?」


リアナが立ち上がり、扉を開ける。


そこに立っていたのは、辺境伯邸で見た時と変わらない、無駄のない姿勢のルドルフだった。その傍らには、大きな布包みがある。


「急に悪い」


「いえ……どうしたんですか?」


リアナがそう聞くと、ルドルフは包みを差し出した。


「姉上の名代で来た。これを渡せとのことだ」


「これ……?」


リアナが受け取ろうとして、思ったよりしっかりした重みに少し驚く。卓の上へ置き、布をほどくと、中から現れたのは鞍だった。


頑丈そうで、形もよく考えられており、馬用とは明らかに違う。


もっと細身で、前傾の強い体格に合わせた作りだ。鞍の脇には、アルシュタイン家の家紋が控えめに刻まれていた。


リアナが目を瞬かせる。


「ヴェロワ姉様が、これを?」


「そうだ」


「……一週間で、これを作ったの?」


ルドルフは表情をほとんど変えないまま答えた。


「姉上と俺は、次の任務ですぐに出立せねばならんからな。またいつ戻れるかもわからん。なので急ぎ作らせたようだ。渡すなら今しかない、という判断だ」


リアナは言葉を失った。


カケルがそっと鞍へ触れる。縫い目も金具も、かなり丁寧だ。


「……ちゃんとラプティに合わせてある」


その呟きに、ルドルフがわずかに頷いた。リアナは鞍を見つめたまま、小さく息を呑む。


「一度見ただけで、そこまで……」


ルドルフはそれに余計な言葉を足さない。ただ、そのまま姉の言葉を伝える。


「お前にも王命の仕事を手伝ってもらう日が来るかもしれん。それまでにアイアンラプトルを鍛えておけ、とのことだ」


その場の空気が、一瞬止まった気がした。リアナは鞍を見たまま、すぐには顔を上げられなかった。


王命の仕事。


それはヴェロワやルドルフが各地を回ってこなしている、家の中でも重い役目だ。そこへ、自分もいつか関わるかもしれないと、あの人は言ったのだ。


「……本当に、そう言ったんですか」


ようやく出た声は、少しだけかすれていた。


「一字一句違わぬ」


ルドルフは即答した。その迷いのなさが、逆に重い。


ラプティは何が起きているのかわからないまま、興味津々に鞍へ鼻先を寄せている。


カケルが小さく笑った。


「ラプティ、きみのだよ」


「ケー!」


言葉がわかったのかは怪しいが、嬉しそうにひと鳴きした。リアナはそれを見て、ようやく少しだけ息を吐いた。


「……騒がしいわね、ほんとに」


ルドルフはラプティを見たまま言った。


「アイアンラプトルはかなり好奇心旺盛に見えるが、落ち着きは出てきたようだな」


「よくわかりますね」


「見ればな」


短い答えは、いかにもルドルフらしかった。


ルドルフはそれ以上は深く触れず、踵を返しかける。だが、ふと足を止めた。


「一つだけ」


振り返らないまま、低く言う。


「シルバーウルフも、大事にしろ」


その一言に、リアナの目が少しだけ見開かれる。ルドルフはようやく半身だけ振り向いた。


「姉上は何も言わなかったが、シルバーウルフとの距離の取り方は見ていた」


リアナは唇を引き結び、それから静かに頷く。


「……はい」


ルドルフは短く頷き返し、そのまま去っていった。


扉が閉まり、借家の中に静けさが戻る。しばらく誰も口を開かなかった。


やがて、カケルが鞍を見ながらぽつりと言う。


「……たった一週間で、これだもんね」


「ええ」


リアナはまだ少し呆然としていた。


「ヴェロワ姉様……」


ラプティがまた鞍へ鼻先を寄せる。その様子に、リアナはようやく少し笑った。


「あなた、ちゃんと鍛えないと駄目みたいよ」


「ケー!」


その元気な返事に、今度はカケルも笑う。


シルバーは少し離れたところで静かにそれを見ていたが、リアナが手を伸ばすと、すぐに近くへ来た。リアナはその頭を撫で、次にラプティの首筋を撫でる。


「順番。ちゃんと守るわ」


そう言うと、シルバーは静かに目を細め、ラプティは嬉しそうに尻尾を揺らした。


借家の中には、また少し新しい空気が流れ始めていた。

執筆の励みになりますので、続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひブックマークよろしくお願いします!評価もいただけると嬉しいです。


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